紅いバラをあなたに
仕事を終えて、バーへと向かう。
カウンターで酒を飲んでいると、女が一人近寄ってきた。
「隣り、いいかしら?」
明らかに全身を作り変えているのが分かる。今のご時世、義体化や象顔は当たり前すぎて珍しくもない。
黙ったままでいると、女は勝手に俺の隣りに座った。
「今夜空いてるかしら?」
白いイブニングドレスに包まれた身体の曲線は悪くはない。問題はその中身。
「………一度きりなら」
「二度目はないの?」
「俺は同じ女と二度寝ることはない」
「そう」
女はとても楽しそうに微笑むと、俺の腕をとった。
店を出て、名も知らぬ女と連れ添って歩く。
女は俺の腕に手をかけてはいるが、必要以上にぶら下がることなく、俺の歩く速度にあわせてついてくる。
街の喧騒を離れて、郊外へ。目的の場所にたどり着くと、女は物珍しそうに辺りを見回した。
「こういうところで寝るのがあなたの趣味なの?」
「…硝煙と血の香りを香水にしている女にはぴったりだろ? 銃声も悲鳴も人に聞かれなくて済む」
今は廃墟と化している川沿いの集合住宅の中庭で、女は俺の腕を放すとバッグから拳銃を取り出した。
仕事でもプライベートでも、命を狙われる理由には事欠かない。
女の素性などどうでもいい。重要なのはこの女の背後にいる存在。
「無理やり聞き出すのがあなたの好み? 少し野蛮じゃない?」
「ベッドの上で歌いたかったか?」
女は武器の扱いに長けているようだった。俺を有効射程に捕らえようと、俺との距離を置こうとする。
服務規程で銃は職場に置いてきている。俺の手持ちの武器は袖に仕込んだ大型ナイフだけ。離されぬよう、俺は女を追いかけた。
月の光だけが照らす中庭で、まるでタンゴを踊るように殺しあう。
俺は女の細腕を切りつけガードをあけさせると、心臓にめがけナイフを突き出した。
体勢を立て直した女が引き金を絞る。
二発の銃声。
「女相手にも容赦がないわね」
俺は両足首を撃ち抜かれて、地面に膝をついていた。女の銃口がしっかりと俺の眉間を捕らえている。
踏み込みが足りず、俺のナイフは女の胸元に小さな傷をつけるだけに留まった。小さな傷口から漏れた擬似体液が、女の胸元に赤いバラを形作っていく。
「………命乞いはしないの?」
「無駄なことはしない主義だ」
「殺される理由も聞かないのね」
「知りたくもないな」
女の義体出力が尋常でないことは気づいている。無傷な腕の力だけで飛び掛ったところで敵うはずもない。
例え一発目を避けたところで、二発目で仕留められることは明らかだ。
俺はポケットから煙草を取り出すと、火を点けた。
女は黙って俺を見ている。最後の一本を吸わせてくれるつもりらしい。
肺の奥深くまで吸い込んだ煙をゆっくりと吐き出す。紫煙の向こうで、女の顔が翳る。
指で摘んだ煙草を女の顔に向かって弾き飛ばした。
「っ!」
女が怯んだ隙に、俺は腕の力だけで横へ飛んだ。錆び付いたフェンスを突き破って、淀んだ川の中へダイブする。
暗い水面は月だけを映し、女は銃を下ろすとその場から立ち去っていった。
両足の義体の換装を終えて職場に戻ってくると、俺が女とトラブルを起こした話がすでに知れ渡っていた。派手なオプションを付けて。
出勤して早々に渡された異動の辞令に異論はなかった。嫌悪感の篭った視線を投げかける上司の顔を見るのは飽き飽きしていたし、ピーチクパーチクと噂話をさえずる連中からも解放されて、かえって清々する。
デスクにもロッカーにも置いてある私物は少なく、俺は一時間ほどで荷物を片付け、辞令の命令書に書かれていた場所へと向かった。
書類によると新しく新設された部署らしい。俺は厄介払いをされたということなのだろう。
真新しいオフィスの廊下をオペレータAIについて歩いていく。静かで殆ど人の気配はない。
通された部屋には二人の人物が待ち構えていた。重厚な造りのデスクに構えた老人が俺の差し出した書類にざっと目を通し、鋭い視線で俺を見上げる。
「わしの名前は荒巻大輔。今日からお前にはわしの下で働いてもらう。こちらは指揮官の草薙素子だ」
「草薙だ。よろしく、パズ」
数日前、俺の両足首を撃ち抜いた女が微笑み、俺に右手を差し出した。
「お前は勘が鋭いな。そして、あの時、お前は無謀な戦いを挑まず、諦めもせず、生き残る選択をした。だから私はお前を選んだ」
後に少佐はそう語る。
「でも、女性の顔に傷つけるのはいただけないわね」
「?」
「煙草」
少佐はウインクしながら自分の頬を指先で叩いた。
「…あぁ。俺は女には手を上げませんよ」
「あら。私は『女』にカテゴライズされていないってこと?」
「あの時、あなたは『女』ではなく『敵』だった」
「いい答えだ」
後にも先にも、少佐と『寝た』のはあの一度きりだ。
Fin
その他 menuへ/
text menuへ/
topへ