キスよりは遠く
「おい。火を貸してくれ」
張り込み中、咥えた煙草に火をつけた途端、助手席の男が声をかけてきた。
持ったままのライターを差し出すと、「そいつじゃねぇ」と言われた。
「そこにあるだろう」
トリガーを引く指先で指し示したのは、俺の口元。
俺は黙って助手席に身を乗り出した。
俺よりも若干背が低い男が、下から俺の顔を覗き込むように、俺の煙草で火をつける。
口付けの角度だ。
二本目の紫煙が立ち昇り、男は離れていった。
「悪いな」
「いや」
俺もゆっくりと体勢を戻す。
これはキスではない。
甘くもないし、色っぽくもない。
互いの煙草の先が触れただけ。
煙草の煙を肺の奥深くまで吸い込む。
キスよりも遠いのに、女とのそれよりも満たされる。
そんな気がした。
Fin
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