LOVE JUNK GRUG



 ローカル・ネットである電脳ウイルスを拾った。
 電脳にブチ込むとその気にさせる、催淫性のプログラムだ。
 ボーマに頼んで、後遺症もなく効果は30分だけのものに加工しなおしてもらった。
「お前には必要ないんじゃないか?」
 ボーマにはそう言われたし、パズ自身はその通りなのだが、ある男には必要に思えた。



 酒で釣ってセーフ・ハウスに連れ込み、隙を見て有線で電脳にウイルスを流し込む。
「何しやがるっ?!」
 気づいた時にはすでに遅し。
 電脳内で暴れだしたウイルスが、サイトーの生身を狂わせていく。
「くそ…っ! 何だ、これ…」
 ソファにひれ伏し荒れ始めた呼吸を整えようとするがうまくいかない。
「サイトー」
「触るなっ!」
 パズが伸ばした手は乱暴に振り払われた。
「無理するな。抜けば楽になる」
「誰のせいで…っ!」
「俺のせいだな。責任はとってやる」
 再び伸ばされたパズの手を、今度はサイトーは縋るように掴んだ。
 腕を引き、生身の身体を引き起こす。

   バキッ!

 サイトーの右ストレートがパズの左頬にクリーンヒットした。
 派手な音を立てて床に転がったパズの身体を乗り越えて、サイトーが部屋を駆け抜ける。
「サイトー!」
 サイトーが駆け込んだ先はバス・ルームだった。
「入ってくんな! 馬鹿!」
 自らの身体で扉を塞ぎ、パズの侵入を阻んでいる。
 パズの義体出力を駆使すれば破れないことはないが、完全にドアがイカレてしまう。それにドアと一緒にサイトーの生身を傷つけかねない。
 諦めたパズの目の前で。
 ドアの向こうから罵詈雑言のオンパレードが延々と続いた。



 きっかり30分後。サイトーがバス・ルームから出てきた。
 少し濡れているのは、服のままシャワーを浴びたためだろう。汚れた部分を水で流したようだ。
 パズは煙草を口に咥えたまま、用意しておいたバスタオルをサイトーに放った。
 サイトーはそれを受け取り、短く刈っている頭を擦る。
「………パズ」
「何だ?」
「今度やったら左で殴る」
「またやったら?」
「撃ち殺す」
「了解」
「疲れた。寝る」
「ベッドならそっちの部屋だ」
 ベッドルームに消えた背中を見送って、パズは煙草を灰皿でもみ消した。
 サイトーの電脳には『殴る』だの『殺す』だのの剣呑な選択肢はあっても、『別れる』という比較的穏便な選択肢はないらしい。
「おかしなヤツだ」
≪お前には言われたくねぇよ≫
 単なる独り言にも返事を返すサイトーの律儀さに、パズはふっと笑みを零す。



 互いにイカレてる。
 まるで非合法ドラッグに侵されているかのように。



Fin



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