雫
強引に連れ込まれた先はパズのセーフ・ハウスのバスルームだった。
「何しやがる!」
今日はまだ酒も飲んでいない。ついでに言うなら食事だってまだだ。
酔っているはずもないし、体内プラントと使えばすぐに醒めてしまう。
だから、目の前の男の暴挙がサイトーには信じられなかった。
パズは無言のままコックを捻った。
「おい!」
途端にサイトーは噴出してきた温水に水浸しになってしまった。
「温度は調節してある。火傷もしないし、冷水で身体を冷やすこともない」
「服が濡れるだろうが」
「脱げばいい」
事もなげに言って退かれて、サイトーは少々ムッとする。
しかし、濡れたシャツが肌に張り付いて気持ちが悪いので、サイトーはシャツを脱ぎ始めた。パズの言葉に従っているようで癪に障るのだが。
パズはそれを黙って見ていた。
サイトーの身体で跳ねた水滴が自分の服を濡らしても。
「大体何なんだ」
サイトーはブツブツと文句を漏らす。
パズは寡黙で口数も少なく、考えていることがいまいち良く分からない。
今日は特にそうだ。
何故か怒っているらしいのだが、それが何に対してなのかサイトーには分からない。
事がポーカーならば、相手のことなど手に取るように分かるのに。
濡れた服はやはり脱ぎにくく、サイトーを更に苛立たせた。
「…くそっ!」
舌打ちしたサイトーに、パズは徐に手を伸ばした。義体の出力に任せて青いシャツを引き千切る。
「てめぇ!」
「こっちの方が早いだろ」
「帰りは…」
「着替えなら置いてある」
引き千切った青い布きれを床に投げ捨てると、パズはサイトーから離れた。
そして、また、シャワーに打たれているサイトーを眺めている。
「………何のつもりだ?」
読めない状況に耐え切れず、サイトーは口を開いた。
「流しちまえ」
その答えはパズらしく、あまりにも簡潔だった。
「何をだ?」
「すべてを、だ」
今日の任務でサイトーが仕留めたのは、かつてサイトーの仲間だった男だった。
それと知りつつサイトーに狙撃を命じた草薙を恨む気はまったくないが、その苦しみを一人で抱え込もうとするサイトーの態度には無性に腹が立った。
酒でも飲んで吐き出せばいい。そう思って誘った。
「悪いが今夜は他所を当ってくれ」
だがサイトーはそんなパズの誘いを断った。
パズには弱みを見せない。そんなサイトーの態度が気に食わなかった。
パズはサイトーの腕を掴むと強引に車に連れ込み、自分のセーフ・ハウスに連れ込んだ。
「………余計なお世話だ」
パズの真意をようやく察したサイトーが唸るように言う。
「そうかもな」
その答えもやはりあっさりしたものだった。
「大体、他人に係うなんてお前らしくもねぇ」
「そうだな」
「俺たちは傷を舐めあうような間柄だったか?」
「いいや」
「なら俺に構うな」
「断る」
「パズ!」
パズはサイトーの肩を掴むと壁に押し付けた。
「冷た…っ!」
タイルを伝う水滴の冷たさにサイトーは顔をしかめた。
「全部置いていけ。ここに」
「………分かった」
サイトーはパズの腕を掴むと、自分の肩から引き剥がした。
「そこまで言うなら、お前も付き合え」
「あぁ…いいよ」
自分の服も引き千切って床に投げ捨て、生身の裸体に絡みつく。
声は雫となって二人を濡らし、流れていった。
Fin
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