闇色の香り



 朝から雨が降り続いていた。
 ぼんやりと窓の外を眺めていると、白いマグカップを差し出された。
「…コーヒーか?」
「酒の方が良かったか?」
「いや」
 これから車を運転して帰らなければならない。
 ほぼ生身のサイトーの身体には、アルコールを即座に分解してくれる便利な機能は付いていない。
 だからパズから酒を出されたら断るつもりでいた。だが、パズがサイトーに差し出したのはノンアルコールの飲み物で。
 それが意外だったため思わず受け取ってしまい、サイトーは帰るタイミングを完全に逸してしまった。
 今更突き返す訳にもいかず、カップを傾ける。
「! 美味い」
「そいつは良かった」
 思わず出てしまったサイトーの呟きに、パズは満更でもないような笑みを浮かべる。
「器用だな、お前は。これも女を落とすテクの一つか?」
「何だ。やっかみか?」
「違ぇよ。馬鹿」
 極上なコーヒーをゆっくりと味わう。
「お前、九課を辞めたらバリスタで喰えるんじゃねぇか」
「いや。ダメだな」
「何でだ?」
「俺の方で客を選ぶ。これの味が分からないような奴に淹れる気はねぇ」
「我侭な奴」
「だから無理だ」
「…俺は認められたってことか?」
「あぁ」
「そいつは光栄だ」
 サイトーは味にうるさい方ではない。
 口に入れば何でも構わないし、それが美味ければ言うことはない。その程度だ。
 最後の一口を飲み干して、空になったカップをパズに差し出す。
「ご馳走さん。美味かった」
「そうか」
 パズも手を差し出す。しかしその手はサイトーが持っているカップを素通りし、その手首を掴んで引き寄せた。
「っ!」
 突き飛ばすようにパズの身体を引き剥がす。
「…カップが落ちるだろうが!」
「いつもヤニ臭いキスじゃ飽きるだろうと思ってな」
 しれっとパズは言い放った。
「帰る!」
「気をつけて帰れよ」
「言われるまでもねぇ」
 背を向けて部屋を出て行くサイトーの耳はほんの少しだけ朱に染まっていた。
 窓の外を走り去っていく車を見送り、パズは煙草に火を点けた。



Fin



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