愁雨
どれだけ時が経っただろう?
時間感覚はなく、雨に打たれ続けた身体は冷え切り、指先の感覚はなくなっていた。
それでもサイトーはその場所から離れることができなかった。
雨に打たれ続ける男の背中をただじっと見つめている。
義体化率の高い身体は、雨の冷たさで壊れることはないだろう。
けれど僅かに残った生身の部分が軋んで痛みを訴えているようで。
何も語らないパズの背中がひどく悲しかった。
自分はどうしてこんなにも口下手なのだろう。
パズをこの雨の中から連れ出したいのに、かけるべき言葉が見つからない。
何もできない悔しさにただ立ちすくむ。
頑なに世界を拒んでいた背中がくるりと振り向いた。
どきりとサイトーの心臓が跳ね上がる。
「…サイトー」
「何だ?」
「煙草の火が消えてるぞ」
サイトーの指先では、吸いもせず火を点けただけの煙草が雨に濡れて消えていた。
「ここじゃ火が点かねぇ。移動するぞ」
「あ…あぁ」
やっとパズを連れ出すことができた安堵感から、サイトーは小さく息を吐き出す。
パズはずぶ濡れのサイトーを一瞥すると、すぐに視線を逸らした。
ジャケットは濡れていたが、ポケットの中の煙草は何とか無事だった。
中から二本取り出して、一つのライターで火を点ける。
「…随分と濡れちまったな」
「あぁ」
「ずっと待つつもりだったのか?」
「持久戦なら慣れてる」
パズはふっと笑みを零した。
「もう待たさねぇよ」
「別に構わん」
どんなに時間が掛かろうと。
パズが帰るべき場所に戻れるならば。
「…チッ。やっぱりしけってやがる」
「新しい煙草を買いに行くか?」
「あぁ。それと酒だ」
「その前に着替えだな」
消えてしまった煙草を雨の中に投げ捨て、並んで歩き出す。
その背中はもう何も拒んではいなかった。
Fin
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