左を向いて眠る



 サイトーは左側を向いて眠る。
 一つのベッドで眠る場合は、サイトーは必ず左側。
 パズはサイトーの左隣に寝ることは許されない。

 その理由を知ったのは、サイトーと関係を持ってからしばらく経った頃だった。
「俺のセーフハウスだ。んなもんはしまっておけよ」
「俺の性分だ。気にするな」
 サイトーは枕の下にセブロを隠して眠る。
 当然、右手も枕の下へ。そうなると必然的に体勢が左を向く形になってしまうのだ。

 それでサイトーが安心して眠れるというのならば、パズとしては何も言うことはできない。
 パズを嫌って背を向けられた訳ではない。
 逆にパズに背中を預けた訳でもない。
 自分で自分の身は守れるように、最低限の防御姿勢をとって眠る。
 それだけのことだ。

 規則的な律動を繰り返す背中に指を這わせる。
「…止めろ。くすぐってぇ…」
 半分寝ぼけた唸り声が反対側から聞こえた。
「傷痕。古いな」
 消えかけているその痕を指先で辿る。
「触るな。眠れねぇだろうが」
「感覚器官切っとけよ」
「生身に無茶言うな」
 そう。傷は生身だからこそ残る。
 義体化率の高いパズの身体は、換装してしまえば何も残らない。
 パズは黙ってサイトーの背中に口付けた。

「おいっ! パズ!」
 振り向きざまに落としたエルボーはパズによって受け止められ、簡単にシーツに縫いとめられてしまう。
「テメェ、いい加減にしろよ!」
「眠るには早いだろ」
「寝るには遅いんだよ」
「すぐに済む」
「勝手な…」
 それでも抵抗は諦めたのか、サイトーは身体の力を抜いた。
「…サイトー」
「何だ?」
「俺の背中に爪を立てても構わねぇぞ?」
「嫌だね」
 サイトーはパズを受け入れながら、不遜な顔で哂った。
「そんなすぐに消えちまう場所になんか残さねぇよ」
 女がパズの背中に残す引っかき傷は跡形もなく消えてしまうものだから。
「俺がお前に傷を残すとすれば………」



 ―――ゴーストに、だ。



 吐き出された呼気の隙間で、サイトーの唇は確かにそう刻んだ。



Fin



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