アイのカタチ
『真実の愛』とやらはいったいどこに落ちているのか?
パズは妄想癖はないし、世の中を僻んでいるテロリストとも違う。また、『神様』とかいう便利な言い訳も信用していない。
あらゆる犯罪に対し攻性に対処する警察組織の一員で、知性も理性も持っている。恥というのも知っている。
そんなパズがこんな戯言を口にするのは、行きつけのバーのカウンターで飲んでいる時くらいだ。
そして律儀な性格の聞き手は眉間に皺を寄せて、真面目な顔で聞いてきた。
「…お前、一回電脳の活性チェックを受けた方がいいんじゃねぇか?」
「俺が言ったんじゃねぇ。この間一度だけ寝た女がそう言ったんだ」
同じ女とは二度寝ることはない。
パズの唇に馴染んだ台詞を聞いたその女はそれに応えるようにこう言った。
「『真実の愛』でも探しているの?」と。
「大体、『愛』ってのは落ちてるようなもんじゃ………いや。お前の場合はそこらじゅうに落ちてるのか。拾い食いは腹にくるぞ」
別れた女に刺されかけたことをそう揶揄して、サイトーは笑った。
「拾ったことはない。女が投げつけてくるのを選んで受け止めてるだけだ」
「選び方に問題があるんじゃねぇか?」
「選んだ瞬間はそうでもない。肌を重ねると途端に変質する」
女ってのはいまだに分からねぇ。
そんな台詞をパズは煙草の煙とともに吐き出した。
「『愛』が欲しくないといえば嘘になる。ただ俺には重過ぎる。一晩だけがちょうどいい」
「それを『愛』と呼ぶか?」
「相手が負担を感じるようなものは『愛』じゃなくて『エゴ』だろう?」
「それもそうか」
だが、パズにとって丁度いい大きさと重さを兼ね備えた『愛』はそう落ちてはいない。拾った途端、パズのゴーストに絡み付こうとする。
人は誰でも独りでは生きていけない。だからといって、その相手に選ばれるのはパズには苦痛なほど重い。
同じ課の同僚に『愛』を抱えて強く生きている男がいる。その姿を見るたびに、敵わないとパズは内心で舌を巻く。
「お前の欲しい『愛』は一晩限りか」
「そうだな。そういう意味では、あの女が言ったことは正しい」
「ん?」
「『一夜限定』を探してるし、なかなか見つからない」
「なるほど」
我侭な奴だな、とサイトーはもう一度笑った。
ある女の中に残ったパズの『愛』は月日を経て、『もう一人のパズ』という形でパズに返ってきた。
何故あのように醜く変質してしまうのか。元となるパズの『愛』そのものが歪んでいるからではないかと、パズは思う。受け止めきれる相手はいるはずもない。
一晩だけ触れて、何もせずに返してくれればそれでいい。それだけでいい。
それは充分過ぎるほどの我侭だと理解している。
「探すのはいいが、相手は選べよ。生身の部分が本当になくなっちまうぞ」
「ココロまで義体化するつもりはねぇよ」
「…ココロは生身か?」
「あぁ。取扱いを間違えるとあっけなく壊れちまう」
「そんなナイーブな性質か? お前が」
「心外だな」
≪それで、この後はどうする? お前のセーフか? 俺のセーフか?≫
上滑りする言葉遊びを打ち切るように、サイトーがグラスを煽りながら電通を送ってきた。
≪俺のセーフが近くにある≫
≪…あぁ。前に行ったあそこか?≫
≪そうだ≫
「そろそろ行くか?」
「あぁ」
二人はカウンターに金を置くと店を出た。
細くて暗い路地を肩を並べて歩く。
サイトーの『愛』は歪みもないし、重くもない。ただ受け止め方によっては『面白みもない』と評するだろう。
差し出されたそれに触れて愛で、微かに震える様を眺めるのが愉しいのに。パズはうっすらとほくそ笑む。
そしてパズの『愛』を受け取ったサイトーは、夜が明ければ返してくれる。歪んで重い『愛』は若干落ち着き、しかも軽くなっている。
それがとても心地いい。
ドアを潜ると、サイトーは我が家のようにパズのセーフハウスに上がりこんだ。
「なぁ。これで『一夜限り』の何回目だ?」
「覚えてねぇ」
「じゃあ、『一夜限り』があと何回続くんだ?」
「さぁな」
「やっぱり我侭な奴だ」
うるさい唇を無理やり塞ぐ。
≪馬鹿野郎! 玄関で盛るな!≫
≪黙れ≫
もう『言葉』も『愛』もいらない。
今パズが欲しいものは。
『サイトー』だけだ。
Fin
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