何も言わない



 必要最低限の言葉。
 サイトーはそれ以外の言葉を滅多に口にしない。



 真夏の太陽が照りつける外から帰ってきたサイトーの肌には汗が浮いていた。
 サイトーはオペレーターからタオルを受け取ると、黙って汗を拭った。
 オペレーターにタオルの処分を命じると、そのまま室内へと入る。
 機器の熱暴走防止のため、少々低めに設定してある空調は、生身には少し寒く感じるはずだ。だが、その表情に変化はない。
 パズはサイトーの隣りを歩きながら、細い目を更に細めて同僚を静かに観察している。
 サイトーは表情の変化が乏しい上に、口数が本当に少ない。口数の少なさはパズも同じようなものなのだが。
 今日の茹だるような暑さの中での行確中でも、サイトーはほぼまったく口をきかなかった。サイトーが何もしゃべらないので、パズも自然と無言になる。
 増えるのは二種類の煙草の吸殻だけだ。
 勤務中なのだから、余計な私語は厳禁だと分かってはいるけれど。
 しかし、だ。もう一言、何か言ってもいいと思う。
 「暑い」と一言言ってくれたなら、冷たい缶コーヒーくらい買ってくる。
 「寒い」と一言言ってくれたなら、このジャケットを貸してもいい。
 どんな気温だろうと大差なく過ごせる身体のパズとは違い、環境の変化をまともに受ける身体をサイトーは持っているのだから。



 報告書を上げる前に、シャワールームに立ち寄る。
 汗で湿ったシャツをロッカーに乱暴に放り込み、シャワーブースへと入る。
 熱いシャワーを頭から浴びると、サイトーはゆっくりと息を吐き出した。
 その肩を急につかまれる。
「何しやがる!」
 腕を振り解くと、逆に手首を掴まれた。
「何だ?」
 腰にタオルを巻いただけの姿で、パズはじっとサイトーを見つめている。
「言え」
 シャワーの音の中でやっと聞こえるくらいの低い声がサイトーの耳に届いた。
「何をだ?」
 何を?
 改めて聞かれると答えが出てこない。
「…何かを、だ」
「何だそりゃあ」
 呆れたようにサイトーが呟く。
 何を聞きたい?
 何を言わせたい?
 それは。
「『お前の言葉』を言え」
 必要最低限以外の『サイトーの言葉』だ。
「意味が分からん。それより、いい加減放せ」
 サイトーはパズの腕を乱暴に振り解くと、パズをブースの外へと追い出した。
 シャワーの下へと潜ると、パズの気配が別のブースの中へ入っていった。
(『言え』か…)
 パズはサイトーの言葉を聞きたいという。パズ自身だって言わないくせに。
(『好きだ』とでも言えってのか?)
 口にしてしまったら、その言葉の重さに耐え切れなくて逃げ出してしまうのに。
 本物の『恋愛』は辛いだけだから。
 だから言わない。言わせない。
 本当の『言葉』を。
(………パズ………)
 『恋』によく似た『恋愛ごっこ』の関係でいるために………何も言わない。



Fin



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