15分
≪サイトー。今夜どうだ?≫
≪あぁ。構わねぇ≫
誘うのはいつもパズの方。
サイトーから誘ったことはなかった。
サイトーは自らの身体の変調に気づかぬ振りをしていたが、どうやらそれも限界にきているようだ。
所謂ところの『溜まっている』状態だ。
最近は適度な間隔でパズが誘ってくるので、ここしばらくは感じることのなかった不快感だ。
だが、そのパズが長期の出張で留守にしている。
そこで仕事を終えた後、女でも抱こうかと色町に繰り出してみたのだが、通り過ぎただけで終わってしまった。
金を払ってまで抱きたい女が見つからない。
『草薙素子』という存在に出会って以来、女という生き物に対し心が振れない。
―――今から私の部下になれ―――
あの時から、草薙はサイトーの所有者となった。
草薙に惚れた訳ではない。愛だの恋だのという陳腐な台詞を挟めるような女ではない。
『神』ではないが、『人』と同じレベルには存在しない。
それを超える存在など在りはしない。だからサイトーは女を愛せない。
草薙を超える存在が現れた時、サイトーは心の底から愛して抱きしめるか、憎んで殺すか、どちらかを選択するのだろう。
サイトーは場末の賭場で所持金を増やすと、酒を買ってセーフハウスへと引き上げた。
酒を飲みながら簡単な食事を済ませ、シャワーを浴びる。
下に目をやれば、その存在を主張している自身が目に入った。
軽く溜め息をつき、ボディソープを塗りつけた右手をそれに添える。
≪サイトー≫
するとパズから電通が飛び込んできた。
≪どうした?≫
≪今帰ってきた≫
≪おぅ、お疲れ。長期で大変だったな≫
≪まぁな。今どこにいる?≫
≪セーフハウスだ≫
≪で、マスかき中と≫
パズの露骨な表現にサイトーは絶句した。
≪テメェ! いつのまに俺の目を盗みやがった?!≫
≪おいおい。本当にマスかき中だったのか? 冗句で言ったんだがな≫
見事に引っ掛けられた。自分の迂闊さを呪い、逆上せた頭と身体を冷やすために、サイトーはシャワーの水の量を増やした。
≪溜まってんなら俺を誘えよ≫
≪出張から帰ってきたばかりだろうが≫
≪後発で送った荷物がまだ届いてないんだ。それがないと報告書が仕上げられない。提出は明日でいいし、オヤジからも今夜は帰っていいと言われている≫
≪疲れてんだろ。休めよ≫
≪義体化率の高い奴に言う台詞じゃねぇな≫
≪身体は疲れなくても、脳は疲れる。大人しく寝ろ≫
≪お前と寝た後でな≫
≪おい≫
≪誘うのはいつも俺からだ。お前から俺を誘わないのは何故だ?≫
パズの声は電気的な合成音で、電脳内に写る彼の姿はヴァーチャルだ。
なのに、その声に、その姿に切なさを感じたのは何故だろう。
一瞬浮かんでしまったその思うを振り払うように、サイトーは短く刈っている頭を乱暴に水で洗った。
≪………俺と違ってお前には用事があるだろうが≫
サイトーの夜の過ごし方は、賭場に行ってポーカーに興じるか、バーかセーフハウスで酒を飲む程度だ。
≪用事? 何のことだ?≫
≪女と寝るんだろ?≫
それに対し、パズは独りで夜を過ごさない。独りでいる時もあるようだが、大抵の場合は女がそばにいる。
ボーマとビリヤードに行くこともあるようだ。
≪お前が女と寝たがるタイミングなんて俺には分からん。お前の愉しみを邪魔してまで、お前と寝たいとは思わない≫
≪お前だって賭場に行ったりするだろう? それと同じだ。条件はフィフティだ。お前と寝たい時はお前を誘う。お前がのればお前と寝る。お前も俺と寝たいと思う時はそうすればいい≫
気がのれば肌を重ねる。確かにそれは今までずっとやってきたことだ。
≪それで今はどうだ? 俺を誘う気はねぇのか?≫
冷たい水に晒されてもなお、その熱は冷めることを知らず。それどころかパズの声にますます反応しているようだ。
≪マスかきで済ますならつもりなら止める気はねぇがな。左手を貸してくれりゃあ、手伝ってやるよ≫
≪…お前、俺のを握りつぶすつもりか?≫
≪ついでに右目に乗せてくれ≫
≪………男がマスかいてるのを見てて愉しいか?≫
≪お前のだったら愉しめるかもな≫
嘯くそれはからかいの声だ。
こうやってパズはサイトーを煙に巻き、なし崩しにサイトーはパズの身体の下に敷かれている。
≪サイトー≫
「…ったくよ…」
≪サイトー≫
「…性質がワリィ…」
≪サイトー?≫
≪何度も呼ぶな! 聞こえてる!≫
≪こっちは返事が聞こえねぇ≫
≪分かった! 場所はここだ! とっとと来い!≫
≪15分で行く≫
場所のデータを送ると、サイトーの電脳からパズの画像と音声が消えた。
その後の15分は、サイトーにとって最も長い15分間となった。
Fin
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