不器用な男
身柄を確保した男の証言に基づき、データを収めたチップを隠した場所と思われる場所に来てみれば。
雑居ビルの地下。かつてはバーだったと思しき所。
組織の襲撃を受け、酒の代わりに血と涙を流した酒場は廃墟と化していた。
壁に空いた弾痕と、木の壁にこびり付いた黒い血の跡が生々しく、埃とカビと腐った血の匂いにサイトーは僅かに顔をしかめた。
「マスクを持って来るべきだったな」
「今からでも遅くない。車に戻って取ってこいよ」
「あぁ」
パズを残し、サイトーは外へ出て行った。
パズは心肺を義体化しているため、店の中の淀んだ空気がサイトーほどは気にならない。服が埃まみれになることが忌々しい程度だ。
パズは白い手袋をはめた手で、白く埃の被ったカウンターを指先で撫でた。手袋の指先が真っ黒く染まる。手袋をするのは指紋を付けないためというよりも、埃で手を汚さないためといった方がいいだろう。
改めて店の中を見回す。襲撃直後から放置されていたためか、墓場泥棒どもに粗方のものは持っていかれ、目ぼしい物は何もない。何せカウンターにはストールすらもないのだから。
カウンターの中に入って引き出しを開けてみたが、やはり何も入ってはいなかった。念のため引き出しを取り出しひっくり返してみたが、何も貼り付いてはいない。戸棚の方も同様だ。
カウンターの裏側にも何か貼り付いている様子もなかった。
ドアが開く気配に頭を起こすと、白いマスクをしたサイトーが店の中に入ってくるところだった。
「赤服どもが前の現場で梃子摺っているようだ。来るのが遅くなるそうだ」
「そうか」
鑑識たちが来たところで調べるものなど無いに等しい。
自然と店内に残されていた唯一のものに二人の視線が集中する。
店の奥に置かれたグランド・ピアノ。
黒い光沢を身に纏った貴婦人のような曲線美は、今は無粋に穴が穿たれ、かつての面影は無い。白い雪のような埃に埋葬され、さながら墓標のようだ。
パズはピアノに歩み寄ると蓋を持ち上げた。赤いビロードの布を取り去ると、鍵盤は光沢を保っていた。試しにキーを一つ叩くと、少々外れた音が鳴る。
「………………………」
パズは鍵盤に指を滑らした。流れるメロディは『ノクターン』。だが流麗とはいえず、どこかたどたどしい。
「制御ソフト入れてねぇのか?」
「制御ソフトを入れるくらいなら、AIに弾かせても変らないだろ」
「違いねぇ」
決して完璧ではなく、どこか欠けているのが人が人である所以。
楽譜通りの音楽を求めるのならば、パズの言うとおりAIか機械に演奏させればいい。人間だからこそ楽譜の紙面で表現しきれないものを表すことができる。
「お前は本当に器用だな。それも女にもてる秘訣か?」
「昔少しだけ興味があってやったことがあるだけだ。何だ? やっかみか?」
「そうじゃねぇよ」
「それに器用な男は女に嫌われる」
パズの言葉にサイトーは目を瞬いた。
「…逆じゃねぇのか?」
「付き合い始めた頃は喜ばれるんだがな。そのうち自分より器用な男に劣等感を感じるようになり、やがて勝手に疲れ果てて女の方から離れていく」
「そんなものか?」
「男は少しくらい不器用な方が女の優越感をくすぐるんだ。俺は器用貧乏ってヤツで、長続きしたことがない」
「ふ〜ん」
サイトーは感心したように呟き、腕組みしながら鍵盤を滑るパズの指先を見つめている。
その指先から何かが床に落ちた。
パズはピアノを弾く手を止めて、それを拾い上げる。
「…チップだ」
「…どこから?」
「多分、鍵盤の隙間だ。蓋の埃に跡がつかないように持ち上げて、鍵盤の隙間に差し込んだんだろう」
パズがピアノを弾いたことで、弾かれたチップが落ちたのだろう。
「穴だらけのボロ・ピアノを盗むヤツはいないと踏んでここに隠したんだな」
「地下から運ぶには大きいからな」
泥棒の中にパズのような優雅な特技を持っている者がいなかったのも幸運だったのだろう。
携帯端末を使用してチップ内のデータを確認すると、目的のデータがすぐに見つかった。
≪少佐。チップが見つかりました。データも確認しました≫
≪よし。先にデータを送れ。パズとサイトーはチップを回収して撤収しろ≫
≪了解≫
これでこの埃っぽい部屋から出ることができる。サイトーはふっと安堵の溜め息をついた。
「お前が器用で良かったな」
サイトーの言葉に曖昧に微笑する。
人を殺すことに関しては器用なくせに、人を愛することに関してはパズもサイトーも不器用だ。
(あぁ…だからか)
サイトーのことを好ましいと思うのは。
なるほど、と心の中で呟く。
確かに男は少しくらい不器用な方がいい。
パズは離れていった女の気持ちが少しだけ分かった気がした。
Fin
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