捕食者たちの晩餐



「これ美味いな」
「そいつは良かった」
 夕食は済ませている。それでもここまで食いつくのは、サイトーが本当に気に入っているからだろう。
 ワイングラスを傾けて、パズはほくそ笑んだ。



 上等なワインとローストビーフ。それがその夜サイトーを釣るためにパズが用意した餌だった。
 初めはワインに難色を示したサイトーだったが、最後はパズに強引に押し切られる形でパズのセーフハウスまでやってきた。
 来る途中で食事を済ませていたので、皿に薄く切ったローストビーフだけを飾り付けて、赤ワインと一緒にテーブルに並べる。
「ワインは苦手か? サイトー」
 パズが手ずからグラスにワインを注いでやると、サイトーは何やら難しい顔をした。
「ラベルの表記を見ても、どれが美味いワインか分からねぇ。オヤジに聞いたことがあるが、さっぱり理解できなかった」
 荒巻にはワイン・ファンドを営む知り合いがいるので、荒巻自身もワインはかなり詳しいらしい。
「同じ銘柄でも当たり年、外れ年があるからな。飲んでみなきゃ分からんものもある」
「まるでギャンブルだな」
「だからワイン・ファンドなんてものができるんだろう」
「なるほど」
 サイトーは納得したように頷いた。
「で。これは美味いのか?」
「飲んでみろ」
 グラスを軽く回して、揺れる紅い波を眺め、香りを嗅ぎ、慎重にグラスを傾ける。その様子は警戒している動物の仕草そのもので、パズはサイトーにばれないように小さく笑った。
「! 美味い!」
「そいつは良かった。これも食えよ」
 ローストビーフの皿をサイトーの方に押しやると、サイトーは早速箸で摘んで頬張った。ナイフとフォークではなく、箸なのは愛嬌だ。
「うん。美味い」
 かなり気に入ったのか、サイトーはワインとローストビーフをものすごい勢いで消化していく。
 空になったサイトーのワイングラスに注いでやりながら、パズはそんなサイトーを楽しそうに眺めていた。
「お前は食わないのか?」
「そいつは生体用だ。全部食ってくれ」
「あぁ。悪いな」
 箸で摘んだローストビーフをパクリと咥え、咀嚼する。口の端から垂れかけている肉汁を親指ですくい、舌先で舐め上げる。
 赤ワインで飲み下し、ほっと息を吐くその姿は、警戒心の欠片もない。素のままのサイトーだ。
「…美味そうだな」
「何か言ったか、パズ?」
「何も」
「お前はワインに詳しそうだな」
「そうでもない。美味いワインをいくつか知ってる程度だ。俺もオヤジほどの知識はない」
「女を口説くためにか」
「そんなところだ。食って美味けりゃ文句はない。女も酒も料理も、重要なのは情報(ラベル)じゃなく中身だ」
「おいおい。女と酒が一緒くたか?」
「お陰様で食うに困らん生活をしてる。同じ食うなら美味いものがいい。お前は違うのか?」
「いや…そう違わんが。女を食い散らかす趣味は俺にはない」
「男ならどうだ?」
「あん?」
「俺は『美味い』ぜ?」
 凶暴な獣がワイングラスを片手に、捕食者の目でサイトーを見つめている。
「…あぁ。確かにお前は『上手い』な」
「お気に召して何よりだ」
「気に入ったとは言ってねぇ」
「そういうことにしておいてやる」
「っ! 馬鹿言ってねぇで、ワインのお替りよこせ」
「了解」
 サイトーの頬がほんのり赤く染まっている。それがワインのせいだけじゃないことは、パズには分かっていた。



「このままシャワーを浴びると酔いが回りそうだ。少しベランダで夜風に当たってくる」
 煙草と灰皿を持ってベランダに出て行くサイトーの背中を見送り、パズはシャワー室へ向かった。
 餌は散々与えた。あとはこちらが『食う』番だ。
 ローストビーフを平らげる、蠢くサイトーの舌先を思い出し、パズはゾクリと身体を振るわせた。
 手早くシャワーを済ませ、リビングに戻る。
「サイトー。シャワー空いたぞ」
 しかし返事がない。ベランダにもサイトーの姿が見えない。
「? サイトー?!」
 酔ってベランダから落ちたのか。慌てて窓に駆け寄ると、窓ガラスにリビングが反射して映る。
「! ………サイトー」
 サイトーはソファに丸まって眠っていた。どう見ても完全に熟睡している。
「………畜生………」
 完全に見誤った。
 ワインはアルコール度数がかなり高い。体内プラントで瞬時に分解できてしまうパズには何てことはないのだが、ほぼ生身のサイトーにはかなりの効果がある。
 サイトーは酒に弱くはないが、日頃の疲労が祟ったのだろう。完全に酔いつぶれてしまったようだ。あれだけの量を飲めば無理もないのだが。
 サイトーはすやすやと気持ち良さそうに寝息を立てている。クッションを枕にして、無警戒で眠っているように見せかけて、実はそうではない。
 クッションの下に敷かれて見えない右手には、高確率でセブロが握られている。
 酔っ払って寝ている猛獣を叩き起こせば、セブロという名の牙で喉元を食いちぎられるのは必至だ。
「あぁ…くそ………!」
 いったい何てこと。
 捕食するつもりで引っ掛けてみれば、食われていたのはパズの方。上等なワインとローストビーフを食い逃げされた。
 いくら悪態をついても出尽くさない。
「今度は覚えてろよ。サイトー」
 パズはサイトーの身体に毛布をかけてやると、部屋の照明を落とした。



「いてっ!」
 むき出しの肩に噛み付かれて、サイトーは小さく悲鳴を上げた。
「何すんだ、テメェ!」
「『食事』」
 パズは微笑むと、紅くついた歯形の痕をゆっくりと舐め上げた。



Fin



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