不埒者どもの聖夜



「パズ。クリスマスにプレゼントがもらえるとしたら、何がいい?」
「煙草」
 返ってきた即答に、質問者であるボーマは意外そうな顔をした。
「女、じゃないんだ」
「この時期の女は面倒くさい。あれが欲しいだの。あれを買ってだの…」
「あぁ」
「それにすぐに手に入るものはいらない」
「煙草だってすぐに手に入れられるだろ?」
「煙草は買わなきゃ手に入らない」
「…女は買わなくても済む訳か。うらやましいね」
 ボーマの隣りで報告書を書いているパズは少々苛ついている。
 仕事が上手くいかなかったからではなく、煙草が切れてしまい口寂しいのだ。早く報告書を書き上げて、煙草を買いに行きたいと焦っている。
「俺はケーキがいいな。大きなケーキをワン・ホール丸ごと食いたい。子供の頃、そう思ったことなかったか?」
 食べることが大好きなボーマがいかにも願いそうなことだ。
「そんな頃もあったかな…」
「実は夜食用にブッシュド・ノエルを買ってあるんだ。パズも食わないか?」
「悪いが、俺は甘いものは苦手だ」
「あぁ、そうだったな」
 パズは仕上がった報告書を見直すと、メディアに記録して立ち上がった。
「上がりか?」
「あぁ。ボーマは夜勤か?」
「まったく、ついてないよ」
「お疲れ」
「あぁ。お疲れ」
 パズは報告書を主のいない課長のデスクに置くと、エレベータ・ホールに向かった。
 エレベータを待っている先客の背中が目に止まる。
「サイトー」
「…パズ。お前も上がりか?」
「あぁ」
 扉が開いたエレベータに乗り込み、地下の駐車場へと下りていく。
「サイトー。車に乗っていくか?」
「いいのか?」
「あぁ」
「すまん。助かる」
 駐車場に着くと、サイトーはパズの車の後部座席に狙撃ライフルのケースを置き、助手席に乗り込んだ。
 パズが運転席に乗り込んだところで、今日のセーフ・ハウスの位置情報を暗号通信で送る。
「ここに頼めるか?」
「分かった」
 車を発進させると、隣りでサイトーが煙草を咥えるのが見えた。
「サイトー。俺にも煙草を一本くれないか? 俺のは切れちまった」
 サイトーは咥えた煙草に火を点けると、それを指に挟んでパズの口元へと持っていく。パズはサイトーの指から煙草を咥えた。
「悪いな」
 いつもと銘柄の違う煙草の煙を吸い込み、煙を吐き出す。
「サイトー」
「何だ?」
「クリスマスにプレゼントがもらえるとしたら、お前なら何がいい?」
 サイトーは新たに取り出した煙草を咥えたまま、火を点ける手を止めた。
「お前まで何だ? 同じ質問をボーマにもされたぞ」
「お前も聞かれたのか? 俺もボーマに聞かれた。お前なら何て答えるのかと思って」
「ちなみにお前の欲しいものは何だ?」
「煙草」
 口元を指差して笑うと、釣られたようにサイトーも微笑んだ。
「お前の願いは随分安易だな」
「本部に戻る直前に切らしちまってな。お前のおかげで願いが叶った」
「そりゃあ良かった」
「それで? お前は何が欲しい?」
「俺か? 狙撃ライフルのパーツかな」
 狙撃ライフルはカスタマイズすると、その値段は天井知らずになってしまう。九課は予算に恵まれた国家機関ではあるが、それでも限度はある。
「神様の聖誕祭の夜なのに、随分と物騒な願い事だな」
「その神様とやらが世界を平和にしてくれたら、取り下げてもいい」
 サイトーが願いを取り下げる日がくることはきっとこないだろう。
「トグサが『おもちゃ屋とケーキ屋が閉まる』って急いで帰っていったな」
「ネットで注文すればいいだろうに」
「実物を自分の目で見て選びたいんだと。子煩悩なこった」
 今頃は暖かな家で、家族に囲まれながら幸せなひと時を過ごしているであろう同僚を思い浮かべ、自分に変換してみる。
 どうしてもしっくりとこず、サイトーは軽く首を振った。
「………バトーとボーマは夜勤。イシカワは夜釣り。少佐は女友達と朝までオールだそうだ」
「バトーに少佐を誘う勇気はなかったか」
「バトーの今夜の夜勤は、少佐直々のご命令だ」
 散々ごねていたバトーだったが、家族持ちのトグサや、このところ夜勤が続いているイシカワやサイトーに振る訳にもいかず、しぶしぶ承諾した。
「お優しい上司で」
「まったくだ。おかげで俺は今夜はゆっくり休むことができる」
 ひどく疲れているのだろう。サイトーは煙草を灰皿でもみ消すと、深く息を吐き出した。
「お前は今夜は女のところか?」
「いや。俺も今夜は独りで過ごす」
「珍しいな」
「たまにはな」
 パズは歩道のそばに車を寄せて停めた。
「この辺でいいか?」
「あぁ。助かった」
 シートベルトを外し、ドアのロックを解除する。
「サイトー」
「何だ?」
「俺が欲しいもの。もう一つあった」
「何だ?」
「キス」






「お前の好きな銘柄じゃねぇが。これでよければ吸ってくれ」
「ありがたくいただく。ゆっくり休め」
「あぁ」
 サイトーはパズに封の開いた煙草の箱を手渡すと、ライフルのケースを担ぎなおし踵を返した。
 路地の奥にサイトーの背中が消えて見えなくなるまで見送り、パズはサイトーからもらった煙草を咥える。
 火を点けて煙を吸い込むと、先ほどのキスと同じ味がした。
「………メリー・クリスマス」
 その呟きは、煙とともに宙に霧散した。



Fin



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