虚と現の色彩
背の高い枯れた雑草が生い茂る夕暮の河岸を、2つの影が走り抜けていく。
タンと軽い音が響き、前を走る影が盛大に転んだ。
追いすがった後ろの影が、立ち上がろうともがく背中を踏みつけて、素早く電脳錠をかける。
「手間かけさせやがって…」
パズは銃をしまうと、宙に視線を向けた。
≪少佐。ポイントD3で被疑者を確保しました≫
≪良くやった。タチコマを1機向かわせる。収納して撤収しろ≫
≪了解≫
枯れ草をかき分ける音に振り向くと、銃を構えたままのサイトーが姿を見せた。
「仕留めたか?」
「あぁ」
パズとサイトーが追いかけていた男は右足首を打ち砕かれ、苦悶の表情を見せながらうつ伏せに倒れている。
首筋に仕掛けられた電脳錠を確認すると、サイトーはようやく銃を下ろした。
「この立ち木の中で足首を撃ち抜くとは………。いい腕してるな、サイトー」
「運良く枯れ草が切れたポイントがあっただけだ」
「そのポイントを逃さない瞬時の判断力も能力のうちだろう?」
パズの賛辞に対する照れ隠しなのだろう。サイトーは黙って肩をすくめた。
その視線が、パズの右手の上で止まる。
「パズ。右手から血が出てるぞ」
「ん? あぁ…雑草で切れたみたいだな」
パズの右手の甲はぱっくりと割れたような傷が走っている。
「痛くないのか?」
「言われるまで気づかなかった」
被疑者を追いかけるのに夢中で、周りの雑草などに構っていられなかった。
サイトーに指摘され、やっと痛みを自覚する。
「感覚を切れ」
「利き腕だぞ? それに大した傷じゃない」
左手でも銃を撃てないことはないが、照準にブレが出るほどの怪我ではない。むしろ感覚を切ってしまう方がブレる可能性が出てくる。
サイトーは軽く舌打ちすると、ハンカチを取り出してパズの右手を取った。
「そいつは義手だ、サイトー」
「分かってる」
傷痕を包むように真っ白なハンカチを巻きつけてとめると、紅い色が滲み浮かんだ。
「偽物の血でも、見てるこっちが痛そうで嫌なんだよ。精神作用ってのも考えろ。それに感覚切らなきゃ、痛いままだろうが」
流れる血は偽物。けれど痛みは本物。
偽りの赤を気遣うハンカチの白はサイトーの本心なのだろう。
「…悪ぃ」
義体化してしまえば、痛覚を簡単に切り離すことができてしまう。『痛む』という感覚から遠ざかっている自分に今更ながら気がついた。
「汚しちまったから、このハンカをチくれ。代わりに新しいのを渡す」
「ハンカチ1枚くらい別に構わん」
白いハンカチは赤い染みを残したまま、パズのクローゼットの引き出しに今もしまわれている。
Fin
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