不当廃棄物
近づいてきた足音に顔を上げると、パズは細い目を一層細めて、あからさまに嫌そうな表情を作った。
それは相手も同じ事で、呆れたような溜め息を漏らすと、不穏当な台詞を吐き捨てた。
「このままここに捨てていっていいか? パズ」
路地裏に積み上げられたゴミ袋の隣りにうずくまるパズを見下ろして、サイトーはもう一度溜め息をついた。
事の発端はバーで拾った女で、それにはいわゆる『ヒモ』がついていた。
パズに勝手についてきた女を『自分の物』だと主張し、『慰謝料を寄越せ』と喚き立てる。
女ごと捨ててこようと思ったのだが、ヒモと切れるいい切欠になると判断した女がパズの腕に絡みついたまま離れようとしなかったため、パズはヒモと乱闘する羽目に陥ってしまった。
結果的にはヒモをのして、女を引き剥がすことに成功はしたのだが。
蹴りをお見舞いした際に足首の関節が壊れてしまったようだ。生身でいうなら足首の骨折といったところで、感覚器官は切ってあるので痛みはないが、歩けなくなってしまった。
仕方がないので、ボーマに電通でピックアップを依頼したところ、ボーマではなく何故かサイトーが現れたのだ。
「ボーマは?」
「手が離せないそうだ」
サイトーは左手をパズの眼前に突き出した。
「とりあえず立て。俺の左腕の出力だけじゃ、お前のボディは持ち上げられん」
パズはサイトーの手を取ると立ち上がった。
立ち上がったパズの左腕を自分の肩に回させ、サイトーはパズの腰に手を回してパズの身体を支えた。
パズの義体の重さに多少ふらつきながら、二人はゆっくりと歩き始めた。
「お前に拾いにきてもらえるとは思わなかったな」
「たまたま近くで飲んでたら、ボーマに頼まれたんだ。手数料はお前から貰えと言われたぞ」
「あぁ。飯でも酒でも、好きなものを奢ってやるよ」
「当然だ」
パズは自分の肩越しに、サイトーの横顔に視線を送った。
「………このまま捨てていっても文句を言うつもりはねぇぞ」
パズの台詞にサイトーが小さく舌打ちするのが分かった。
「俺だってそうしたいさ。仕事のフォローならともかく、女がらみのゴタの尻拭いなんてご免だからな」
「なら何故来た」
「お前に知らないところで死なれるのは気持ち悪ぃんだよ」
パズをこのまま路地裏に放置しておけば、義体パーツを闇取引するバイヤーが現れて、パズを解体して運び出すのは目に見えている。
いわゆる『死体なき殺人』だが、そんな事態になってしまったのはパズの不徳で、見捨てたところでサイトーには一切の責任はない。
「お前に対して執着も愛着もねぇが、寝ちまった以上、関係ない振りを通せるほど冷徹にもなれねぇ。生存の可能性が残るような失踪のされ方をされると、腹の座りが悪いんだよ」
「………そうか」
「どうせ死ぬなら、俺の見える範囲でしてくれ」
「そいつは右目か? 左目か?」
「両方だ」
きっぱりと言い放ったサイトーの台詞に、パズは笑みをこぼした。
「お前の腕の中で死ね…ってか」
「甘えんな、馬鹿。捨ててくぞ」
何とか幹線道路までたどり着き、サイトーはガードレールに放り捨てるようにパズの身体を離した。
「もうすぐオペレーターが来る。そいつに本部まで送ってもらえ」
「…お前が送ってくれるんじゃねぇのか?」
「俺は酒を飲んじまってる。飲酒運転で捕まるだろうが。それにこれ以上馬鹿に付き合うのはご免だ」
「つれないな」
「お待たせしました」
二人のそばに車が停り、運転席から9課のオペレーターAIが顔を覗かせる。
サイトーは後部座席のドアを開けると、その中にパズの身体を放り込んだ。
「乱暴だな」
「文句言うな」
サイトーは煙草を取り出すと火を点けた。それを指で挟んで、パズの顔の前に差し出す。
「どうせ待ってる間に切らしちまったんだろう?」
「…よく分かったな」
パズは火の点いた煙草を受け取ると、美味そうに煙を吸い込んだ。
「事の次第は少佐に報告したからな、後で覚悟しておけよ」
「あぁ」
「じゃあ俺は行くぞ。奢りの件、忘れるな」
「分かってる」
サイトーは後部ドアを閉めると、運転席を覗き込んだ。
「こいつを頼む」
「了解しました」
サイトーが車から一歩離れると、オペレーターは車を発進させた。
バックミラーに写るサイトーの姿は途端に小さくなり、やがて見えなくなった。
「………腕の中で眠らせちゃくれんのか」
「何か言いましたか?」
「何でもねぇよ」
不審そうなオペレーターにお座成りに返事を返し、パズはバックミラーを見つめたまま煙を吐き出した。
Fin
P×S menuへ/
text menuへ/
topへ