冷たい人 -Remote control-



 自分は冷たい人間ではないかと初めて思った。



 外は雨が降り続いている。
 じめじめとして蒸し暑く、生身には耐えがたい季節だ。
 窓の外を眺めていたパズは、バスルームのドアが開く気配に、灰色の世界に沈んでいく思考を現実に呼び戻した。
 テーブルの上に無造作に置かれたリモコンで、空調の温度を確認する。
「涼しくて気持ちいいな」
 そんなパズの仕草が目に入ったのか、サイトーはバスタオルで短く刈った頭を擦りながら、タオルの下で表情を緩めた。
 二人で飲みに行った帰りに雨に振られ、慌ててこの部屋に飛び込んだのはついさっきのこと。
 ずぶ濡れになったサイトーをバスルームに追いやると、パズは水が滴る服を脱ぎ捨て、空調のスイッチを入れた。

 義体化するようになってから、外気温が気にならなくなった。暑くても寒くても、自動で体温が調節できるので、気にする必要がないのだ。
 部屋にいても換気をするくらいで、温度調節のスイッチをいじったことがない。
 ボディを低温化しすぎて女に『冷たい』と言われても、気にも留めなかった。
 それが今は真っ先に空調のリモコンに手が伸びる。

「寒くないか? サイトー」
「いや。ちょうどいいくらいだ」
 バスタオルを首にかけ、サイトーがソファの真ん中にどっかりと腰を下ろす。
 パズはキッチンに向かうと、冷蔵庫から缶ビールを取り出し、サイトーに手渡した。
「お。サンキュウ」
 軽快な音を立ててプルトップを開け、旨そうに喉を鳴らして飲み干していく。
 普段のポーカーフェイスはどこへやら。サイトーの表情は崩れっぱなしだ。
 今のこの環境がサイトーにとって最適である証しだ。
 パズはひっそりと微笑むと、ソファの肘かけ部分に腰を下ろし、自分の分のビールを開けた。
「…パズ。お前はシャワーを浴びないのか?」
「これ飲んだらな」
「そうか」
 本心からいえば。
 気持ちよさそうに相好を崩し、油断をしているサイトーを抱きしめて押し倒してしまいたい。
 しかし、そんなことをすれば、サイトーは必ず言うに違いないのだ。
 『冷たい』と。
 クーラーの冷気に晒された義体は、いつもよりも冷え切っている。肌の冷たさからいえば死体と大して変わらない。
 抱きしめた相手に温もりを与えられない身体。
 忌々しいと思ったのは、サイトーの生身の温もりを知ってからだ。
 抱きしめたい。否。抱きしめられたい。
 しかし、ゴーストは己が身体の冷たさに慄き、動けずにいる。
「…?」
 再び沈みそうになったパズの思考を、背中に当たる感触が連れ戻した。
 首だけ振り向いてみると、サイトーがパズのむき出しの背中に寄りかかっている。
「? サイトー?」
「冷たくて気持ちいいな」
 パズの背中に、シャワーを浴びて火照ったサイトーの体温が伝わってくる。
 その温もりが冷たく凍えたパズのゴーストを融かしてしく。
「………俺はあれか? 熱出した時にデコに貼る冷却シートか?」
「いいな、それ。一気に冷えそうだ」
 クックックッと笑う振動が背中に伝わってくる。
「風邪ひいた時にでも頼むかな」
「…ひかないように気をつけるのが先だろう」
 パズは立ち上がると、用意しておいた着替えをサイトーの頭の上から被せた。
「早く服を着ろ。本当に風邪ひくぞ」
「分かってるよ」
 残りのビールを飲み干して、缶をテーブルの上に置く。
 バスルームに向かう廊下の途中で振り向くと、Tシャツに腕を通しているサイトーの後ろ姿が見えた。
「気持ちいいか………。サイトー」
 抱きしめた相手を冷やしてしまわないように。
 パズは念入りにシャワーを浴びることにした。



Fin



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