NUDE



 暗く灯りを落としたベッドサイドで、前を大きく開けた青いシャツに手をかける。
 直後、後ろで響いたシャッター音に振り向くと、リビングのソファに腰掛けたパズがカメラを構えていた。
「………珍しいもの持ってんな」
「ボーマに借りた」
 パズが持っていたのは一般家庭向けのデジタルカメラではなく、プロが使用する類の一眼レフのカメラだ。
 電脳から画像データを抜き出すことができ、子供が持ち歩くキッズ用携帯電話にすらカメラ機能が付属している、この時代。一眼レフ・カメラを使用するのはその道のプロか趣味人しかいない。
「ボーマの? 意外だな」
「もとは赤服のだったらしいがな。買い替えの時に安く買い叩いたそうだ」
「ふ〜ん…」
 手に持っているカメラを眺めているのは、液晶に映るアイコンを確認しているのだろう。細い目がさらに細くなっている。ボタンを操作しているのか、小さな電子音が聞こえてくる。
「フィルム式じゃねぇんだな」
「さすがにそこまで骨董じゃねぇよ」
 パズは再びカメラを構えると、サイトーにレンズを向けた。
「…おい」
 シャッターの音とフラッシュに顔をしかめると、パズは小さく笑った。
「間抜けな面だ」
「ほっとけ」
 サイトーの言葉に、パズはもう一度笑った。
「シャッターと切るのと引き金を引くのは少し似てるな。どちらも呼吸が大事だ」
 被写体を。ターゲットを。
 捕える瞬間を逃せない。勝負が一瞬で決まる。
「お前の方がいい絵が撮れそうだな」
「どうだろうな」
 サイトーはカメラを使ったことがあまりない。
 技術が進歩し、ちょっとしたパソコン並みの性能を持つカメラは、使用者が初心者でもそれなりの絵が撮れるのだろう。
 パズは再びサイトーにレンズを向けて、シャッターを切る。
「………それが銃なら、俺は3回も撃たれたことになるな」
「俺が敵なら、お前は死んでるな」
「あぁ。そうだな」
 サイトーはベッドサイドに立ったまま、カメラを構えるパズを見つめる。
 パズもレンズ越しにサイトーを見つめている。
 その視線を反らすことなく、サイトーは服を脱ぎ始めた。
「? サイトー?」
「どうした? 撮らないのか?」
「!」
「そのために借りてきたんだろう?」
 パズを見つめながら、シャツのボタンを一つずつ外していく。もともと前が大きく開かれたシャツのボタンは簡単に外れた。
 皮のパンツから、シャツの裾をゆっくりと引きだす。衣擦れの音を区切るようにシャッターの音が鳴る。
 引っかかった裾を力を込めて引き抜くと、袖のボタンを外した。肩を肌蹴ると、鍛えられた筋肉が描く緩やかなカーブが露わになった。そしてそのまま袖を滑らせるようにシャツを脱ぎ捨てる。
 サイトーの右目は相変わらずパズを見つめたままだ。パズもカメラのレンズから眼を放さない。
 薄暗がりの中に立つサイトーのシルエットがフラッシュで光る。
 サイトーはバックルに手をかけると音を立てて外し、ベルトを一気に抜き去った。ジッパーを下ろし、下着ごと一気に脱ぎ捨てる。
 靴下はこの部屋に来た時に脱いでしまっている。
 一糸まとわぬ姿をパズの前に晒しながら、サイトーは隠そうとせず、パズを見つめたままそこに立っていた。
 パズはシャッターを切ると、ようやく顔を上げた。
「色気のねぇストリップだ」
 パズの感想に、サイトーはふんと鼻で笑う。
「次はハメ撮りでもするのか?」
「悪くないな」
「趣味悪ィ…」
 ケッとサイトーは吐き捨てた。
「そんなものを撮って、俺を手に入れられるとでも? めでたい思考回路だな」
「そんな風に思っちゃいない。どんな辱めを受けようが、屈服する男じゃねぇだろ。お前は」
「そこに写ってるのは俺の『影』であって、俺じゃねぇ。そんなものを後生大事にされたって気味が悪いだけだ」
 確かにそこに存在した時間と空間を切り取って、一枚の紙に映し出す写真。
 しかし、そこにゴーストは写らない。
「それでも………いや。だからこそ、だ」
「?」
「ゴーストは写らなくても、そこに宿る」
「!」
「今、撮った写真…見てみろよ」
 パズはカメラをサイトーに差し出した。
「俺が撮ったお前の写真だ。俺がお前をどんな風に見ているのか…見てみるといい」
「………………………」
 サイトーはパズに歩み寄ると、カメラを受取った。液晶を見ると、自分の姿が映っている。
 顎を引いて、毅然と立つ自分の姿。
「お前は綺麗だな」
「………買いかぶりすぎだ」
 サイトーは視線を反らしながら、カメラをパズに返した。
「………そのデータはどうするんだ?」
「外部記録装置に保存しておくさ」
「………………………」
「安心しろ。流出させたりしねぇよ」
 パズはカメラを自分の横に置くと、すばやく手を伸ばしてサイトーの身体を引き寄せた。
「…うぉっ?!」
 突然のことにバランスを崩して、サイトーは倒れ込むようにパズの腕の中に抱きとめられた。
「こんなお前を見ていいのは俺だけだろう?」
 サイトーの裸体を抱きしめて、耳元に囁く。
「他の誰であろうと、見ることはこの俺が許さねぇ………絶対に」
「………馬鹿」
 サイトーは突き放すようにパズから離れた。
「シャワー浴びてくる」
「おう」
 サイトーはそそくさと逃げるように部屋を出て行った。
 その背中を見送って、パズはサイトーが脱ぎ散らかした服を片付けた。
 そしてソファに置かれたカメラを手に取ると、優先してデータを外部記録装置に転送する。誰にも見られないように、しっかりとセキュリティ・ロックをかけて。
 カメラ内部にデータが残っていないことを確認すると、電源を落としてテーブルに置いた。



Fin



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