about him -『彼』について-



 薄暗い9課ダイブルーム。
 その一番奥の席に主のように居座るイシカワに、パズはデータチップを手渡した。
 ダイブ装置に腰かけたまま、イシカワがパズを見上げる。その表情は何か言いたげだったが、結局何も言わずにイシカワは視線をモニタに移し、チップを端末に差し込んだ。
 モニタの中で数々のウィンドウが開いては閉じられていく。パズはそれをぼんやりと眺めていると、イシカワが不意に口を開いた。
「…少しは手加減ってもんを知らんのか、お前は」
 言われた瞬間は何の事だか分からなかったが、パズの方を見もしないイシカワの様子にやっと気がついた。
「これでも気を付けてはいるんだがな」
 パズは昨夜もサイトーを自分のセーフハウスに誘い、その身体を抱いた。
 優しく扱うつもりが、その肌に触れているうちに歯止めが効かなくなり、意識を失いかけているサイトーに平手を飛ばして正気づかせ、半ば犯すように抱いた。
 しかし同意で事に及んだためか、朝起きた時もサイトーは文句一つ言わずに、むっつりと黙ってコーヒーを飲んでいた。
「いつのようにポーカーフェイスで隠しちゃいるがな。本人も隠しきれてないことを自覚してるんだろうよ。人目を避けて行動してる」
 身体が痛むのだろう。痛む場所を庇う仕草はどうしても目につく。ここはそう言った仕草に敏感な場所だ。そんな視線を凌ぐためには、意識的に避けるしかない。
 そんなサイトーの行動を、イシカワは監視カメラの映像を通して見ていた。
「パズ。お前が知らないはずはないだろう? アレは少佐の『銃』だってことを。勝手に壊すな」
「サイトーは『物』扱いか?」
「少なくとも少佐の『所有物』であることには変わりはないだろ」
 きっぱりと言い切るイシカワの台詞に反論しかけて、パズは口を閉じた。
 サイトーが草薙の『銃』である事実。
 それは草薙とサイトーの二人はもちろん、9課に所属する者ならば暗黙の了解とされている事項だ。
 それを反故にするものも隙もどこにもない。
「今日は少佐が不在で良かったな。ばれたら、お前、少佐に殺されてるぞ」
「殺されるだけで済むならマシだ」
「分かってんなら何とかしろよ…ったく」
 イシカワは吸っていた煙草を空き缶で乱暴に揉み消すと、新しい煙草に火を点けた。
 それを見て、パズも自分の煙草に火を点けた。
「………愛してんなら、優しくもできる」
「あ?」
 唐突過ぎるパズの台詞に、イシカワは思わず振り返った。
「だが俺のは愛じゃない。ただのエゴだ」
「…自覚あるのかよ」
「まぁな」
「性質悪ィなぁ…」
 イシカワの隣に立つこの男は、公安の捜査官としては優秀な人材だ。
 だがプライベート、特に恋愛に関して言えば、その性質は最悪と称してもおかしくはない。
 一晩限りと抱いては捨て、女も自分自身も傷ついて、その身体に生身の部分は殆ど残っていない。いっそのこと全身を義体化してしまえばいいものを、それでは女にとって殺し甲斐がないなどと言い放つ始末だ。
 一夜限りの女に何を求めているのか。いざそれを与えようとする女が現れると、即座に逃げ出す。弱虫で見栄っ張りなエゴイスト。それがこのパズという男だ。
「スケコマシが聞いて呆れる。よりにもよって、一人の男に落とされたか」
「あぁ…様ァねぇ」
「だがな、パズ。この前の女と違って、サイトーはお前と心中してくれるようなタマじゃねぇぞ」
「あぁ。知ってるさ」
 パズと共に死ぬなどという愚かな行為を是としない。むしろ、そんな無様な真似をしようものなら、即座に鉄拳が飛んでくる。
 パズが惚れた男はそういう人物だ。
 だが、パズのようなロクデナシでも、その死を悼み、悲しんでくれる。ポーカーフェイスで隠して泣かない分、余計に傷つく。そんな男でもある。
「…これ以上、あいつに余計な傷は負わすな」
「あぁ」
「それとな。俺にこんなことを言わせるな。俺はお前たちの保護者じゃねぇ」
「そうだな」
「やるなら俺の見えない所でやってくれ」
「悪かった」
 イシカワはチップを端末から取り出すと、パズに差し出した。
「解析データを一緒に入れておいた。課長に渡してくれ」
「了解」
 パズは腕を伸ばして、空き缶の中に吸殻を捨てると、イシカワからチップを受け取り部屋を出て行った。
 その背中を見送った後、イシカワは深く息を吐き出した。
「…らしくねぇなぁ…」
 強烈なほどの個人主義に守られた9課内で、他人の関係に踏み込むことなど滅多にしない。
 仲間を気遣うのは自分の生命にかかわるからであり、メンタル面まで踏み込むのは、お人好しのバトーやトグサ以外にやる者はいない。
 サイトーの体調はともかく、パズとの関係に苦言を呈すなど、イシカワのやるべきことではないはずなのだ。
 だが、火遊びと称するには危なすぎる二人の関係に口を挟まずにはいられなかった。
「…ん?」
 廊下に設置された監視カメラの映像に、ちらりと人影が写る。
 パズがサイトーの腕を掴んだまま、引きずるように引っ張っていく。その姿はすぐに監視カメラの死角に消えた。
「ったく…馬鹿どもが…」
 イシカワは端末を操作すると、監視カメラの映像を消去した。



Fin



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