何も変わらない明日のために
時は深夜。場所は地下駐車場入り口近くの喫煙スペース。
パズは煙草の煙を吐き出すと、腕時計に目をやりぽつりと呟いた。
「…新年だ」
その台詞に、そばで缶コーヒーを飲んでいたサイトーも自分の腕時計に目をやった。
パズの言うとおり、時刻は午前0時を過ぎたところだ。
「新年にはなったが、めでたいことは何もないな…」
このビルを一歩外に出れば、新しい年を祝う声がそこかしこに聞こえてくる。
だが、テロを警戒して待機している公安9課本部はいつものように至って静かだ。家に帰ることもできないので、パズの至言通りめでたい状況とは言えない。
テロリズムに盆・暮れ・正月、ついでにクリスマスなどの世間体のイベントはまったく関係なく起こる。むしろそれらのイベントに合わせてテロを起こす馬鹿もいる。
9課に勤めるメンバーにとって、それらのイベントは犯罪の増減の目安にしかならない。家族持ちのトグサを除いて。
「…生きて新年を迎えられる。それだけでもめでたいんじゃないのか?」
戦場ほどとは言えないものの、死というものが常に付きまとう仕事に就いている。生きているという実感を人並み以上に喜びとして感じ得ることができる。
サイトーの台詞にパズは小さく笑った。
「元傭兵らしい台詞だ」
「お前は違うのか?」
「さっきも言った通りだ。『めでたいことは何もない』」
「…そうか…」
淡々と言い切るパズの台詞に、サイトーは押し黙って、手の中で冷えていく缶をじっと見つめた。
「…『今日』は『昨日』の積み重ねの結果で、『明日』は『今日』の延長でしかない…」
パズが呟くように低い声で言った。
「…随分と悲観的だな」
「でも現実だろ?」
「否定はしない」
犯罪は日々発生している。いくら取り締まっても限はなく、いたちごっこの状態だ。時々、虚しさを感じることも少なくはない。
だが、何もしないよりはずっとマシだ。9課のメンバーなら誰もがそう思っている。それはパズもサイトーも例外ではない。
「…『今日』と違う『明日』を求めているのか? パズ」
「…さぁな…」
何を求めているのか、自分でも分からない。分かるのは、『何かに飢えている』ということだけ。それが分からずに焦れている。
パズは短くなってしまった煙草を、灰皿に押し付けて火を消した。その視線をあげると、すぐそばにサイトーの顔が見えた。
「サ………」
塞がれた言葉。安物のコーヒーの香り。
だがそれはすぐに離れていった。
「変わらなくてもいいものもあるだろう?」
愛や恋などといった甘い感傷を求めているのではない。
変わらずそこに在るということ。
その有無はそれぞれの『明日』を大きく左右する要因だ。
茫然としてしまったパズを残し、サイトーは空になった缶を捨て、さっさとエレベーターに乗っていってしまった。
その扉が閉まる音で、パズはようやく我に返った。
≪サイトー≫
≪夢だ≫
≪あ?≫
≪所謂『初夢』ってヤツだ。忘れちまえ≫
らしくないことをしたと、後悔しているのだろう。エレベーターの中でポーカーフェイスのまま照れている狙撃手が思い浮かび、パズの口角が上がった。
≪『初夢』は明日の晩に見るもんだ。付き合え≫
≪断る。正月ぐらい、ゆっくり眠りたい≫
≪じっくり寝かせてやるさ≫
≪…お前。言ってる意味が違うだろ?≫
≪諦めろ。もう遅い≫
パズの執念深さはいい意味でも悪い意味でもプロ級だ。その気になったパズを振りきることは至難の業だ。
≪…あぁ、クソ…!≫
≪これが終わったら駐車場で待っている≫
≪………分かった≫
2本目の煙草に火を点ける。
おせちとはいかなくても、美味い酒につまみ位は必要だろう。
パズは煙を吐き出しながら、正月でも営業している店を検索し始めた。
Fin
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