器用な手
「う………ん…」
息が苦しい。口の端から垂れる唾液が気持ちが悪い。
だが、それを拭いたくてもできず。距離をとるために置いたはずの手は、まるで縋るように茶色いジャケットを握り締めた。
碌な抵抗もできずにいるとベッドに押し倒され、下着ごと皮のパンツを剥がされてしまった。
全裸でベッドに横たわる自分を見下ろす相手は、ジャケットの肩口に多少のシワを作っただけで、衣服の乱れは殆どない。
「………お前は器用だな」
サイトーが思わず呟くと、パズは不機嫌そうに片眉を上げた。
「………誰と比べてる?」
情事の最中にサイトーの意識が逸れることにパズはやたらと敏感で、逸れたと気付いた途端にやたらと不機嫌になる。
サイトーの両腕を頭の上で押さえつけ、身体の上に馬乗りになり、細い目を一層細めてサイトーの目を睨みつけてくる。
「…俺に比べてだ」
「女の服に手間取って、機嫌でも損ねたのか?」
「そんなんじゃねぇよ」
「じゃあ誰の服を脱がせた?」
サイトーが正直に自白するまでこの尋問を終わらせるつもりはない。
サイトーの両手首を押さえつけているパズの手の力が、無言のうちにそう語っている。
サイトーは何とも言えない表情を作り、一瞬躊躇った後、観念したようにその名を告げた。
「………トグサだ」
「………………は?」
パズの電脳がその名の相手を理解するまでに、数秒の時間を要した。
大雨が降る最悪の日だった。
サイトーとトグサはあるテロリストたちを相手に格闘していた。サイトーは草薙と、トグサはバトーと捜査に当たっていたのだが、たまたま踏み込んだ場所がそのセクトにとっては要所だったらしく、双方ともに不意を突かれる感じで戦闘状態に陥った。
双方ともに距離が近く、入り乱れたため銃が使えず、徒手による格闘戦になったのだが、相手はさほど強くもなく、草薙とバトーがバタバタとテロリストを倒していく。
サイトーの左腕の出力を調整しながら、テロリストを効率的に床にのしていった。県警上がりのトグサもそれなりに善戦している。
そこで問題が起こった。
バトーと草薙の破壊力を目の当たりにしたテロリストの一人がパニックに陥り、スタン・ナックルを使用したのだ。全身生身のトグサに。
幸いなことに出力が弱かったため、トグサは脇腹に青あざを作って気絶するに留まった。
逆に言えば、呻き声を上げて床に崩れたトグサを見て、怒髪天を突いたバトーと草薙によってのされたテロリストの方が被害が大きかったりするのだが。
テロリスト全員を拘束し、持っていた武器・弾薬などを押収し、事態は収拾した。
「サイトー。トグサを運んでやれ。病院よりも本部の医務室の方が近いだろう」
「了解」
バトーと草薙は検証のため現場に残り、サイトーは草薙の命令で意識のないトグサを本部まで運んだ。
肩に担ぎ上げたトグサを医務室のベッドに下ろし、サイトーは辺りを見渡したが、人の気配がまったくない。
≪イシカワ。赤服たちを知らないか?≫
≪あぁ。それならタチコマのドックだ。また何か変なものをネットから拾ってきたらしくてな、メンテナンスに掛かりきりになってるようだ。どうかしたのか?≫
≪トグサがスタン・ナックルで腹を殴られた。その検査だ≫
≪何だって? 大丈夫なのか?≫
≪出力は最低レベルに抑えてあったから大丈夫だと思う。気絶してるだけだ≫
≪そうか…それならいいが。もうすぐ終わるだろう。もうしばらくすれば戻ってくるんじゃねぇか≫
≪分かった。待ってみる≫
≪トグサが気が付いたら、一応連絡をくれ≫
≪あぁ≫
サイトーは電通を切ると、ベッドの端に腰を下ろした。
ベッドに横たわるトグサは全身がびしょ濡れになり、顔色が青白い。このまま置いておくと酷い風邪をひきかねない。
そう判断したサイトーはトグサの濡れた服を脱がせることにした。
糸の切れた操り人形のようなトグサの半身を抱きあげて、濡れて肌に張り付いている服を剥がすようにして脱がせていく。
程よく鍛えられた成人男子の身体は決して軽くはない。左腕を義体化し、鍛えているサイトーでも、その重さは楽ではない。
ジャケットを脱がせ、シャツをはぎ取り、ズボンを脱がす頃には息が上がっていた。
トグサの脇腹に残った痕が生々しく、サイトーはそばにあった毛布をかけてその痕を隠した。
トグサの足から靴を取り、滴るほど水を吸っている靴下を脱がしかけたところで、トグサの口から声が漏れた。
「う………む」
ゆっくりと開かれた目は視線を天井に這わせ、壁を伝い、トグサの片足を持ったままのサイトーの顔を認めた。
「………サイトー?」
「トグサ。大丈夫か?」
「…ここ…?」
「本部の医務室だ。お前はスタン・ナックルの一撃で気絶したから連れてきた」
「………あぁ」
先程の戦闘を思い出したのだろう。トグサは毛布の上から脇腹を押さえた。そのままそっと撫で、その違和感に眉間にシワを寄せる。
「………あれ?」
頭を持ち上げ、腹の上の毛布を捲って我が身を見下ろすと、ボクサーパンツと靴下以外は何も身につけていない。
「な………っ?!」
「全身濡れてたから脱がした。風邪をひくと思ってな」
トグサの足から手を放したサイトーが指し示したのは、椅子の上に置かれたぐっしょりと濡れたトグサの衣服。
頭に手をやれば、滴が滴るほどに濡れていた。
「念のために検査は受けておけ。赤服どもはもうすぐ来ると思うが、先にシャワーを浴びておきたいなら、着替えを取ってくるが?」
「………うん。頼む」
痛みに顔をしかめながら、ゆっくりと身を起こしたトグサの顔は耳まで真っ赤に染まっていた。
「バトーと少佐、それにイシカワが心配していた。俺からも一報を入れておくが、お前からも連絡してやれ」
「あぁ。そうするよ」
「じゃあロッカールームに行ってくる」
「あぁ」
サイトーは電通の回線を開き、トグサの意識が戻ったことを三人に伝えた。
パズは煙草を咥えたまま、顔をしかめた。
「………それだけか?」
「それだけだ」
淡々と言い切るサイトーの台詞に、パズの表情の曇りが一層深くなる。
「………何でそんなことを、今、この時点で思い出すんだ、お前は………」
サイトーがトグサに行った行為は単なる看護の一環であり、パズがサイトーに行うそれとはまったく異なり、色気も何もありはしない。
これから情事を行う道筋で反芻するようなものでもなく、かえってムードを壊しかねない。というより、すでに壊してしまっている。
何せ、全裸のサイトーの上に服を着たままのパズが馬乗りになって話を聞いているのだから、傍から見ればその光景はひどく滑稽だ。
「俺があんなに苦労したのに、お前はキスをしながらいとも容易く俺を脱がせる」
「…それはお前の服が濡れていない上に、お前自身が脱ぐのを手伝うからだ」
「俺が?」
「脱ぎかけのままだと動きが制限されて、嫌なんだろう? 身体が自然と動いてる」
「………あぁ」
後ろ手に両手を拘束されてしまったら、抵抗力が殺がれてしまう。それを避ける動作を無意識のうちにしているのだろうと、サイトーは納得した。
「………それで?」
「何だ? まだ何かあるのか?」
「あるだろう? 俺のこのやるせなさはどうしてくれるんだ?」
「あん? 俺を抱く気が失せたのなら、俺の上から退けばいい」
「…それで済ます気か?」
「これ以上何をしろってんだ?」
「………クソッ」
パズは忌々しげに舌打ちした。
ちなみにこの夜は、パズはスラックスの前を軽く肌蹴ただけで、服を着たままサイトーを散々鳴かせてみせた。
「悔しければ、お前も上手に俺の服を脱がせてみせればいい」
「…クソったれ…!」
サイトーの左腕に引き裂かれたパズの服は、二度と着られぬものになった。
Fin
傘子様のツイートネタを勝手に強奪/『トグサ君のマッパ靴下を拝み隊』
挫折。すまぬ、傘子しゃん…orz
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