15th February



 長時間の張り込みの後、流石に疲労を感じ、本部に帰る途中で店に寄り、煙草と板チョコを買ってきた。
 包装紙を破り、噛みつこうとしたところで、手首を後ろから掴まれた。
「…何だ?」
 顔を上げて仰ぎ見れば、背後に気配の薄い男が立っている。毎度のことなので、唐突の登場に驚くこともない。
 そして、細い目の視線の先はどこを見ているのか、相変わらず不明だ。
「珍しいもの食べてるな」
「ちょっと疲れを感じてな」
 板チョコといっても甘さを抑えたビターチョコで、甘いものが苦手な者でも食べられるものだ。手っ取り早く糖分を補給するには適しているといえる。
 奴はしげしげとチョコを眺め、何を思ったのか、俺の手首を無理やり引っ張り、身をかがめてチョコに噛みついた。
「おい…!」
「ご馳走さん」
 手首が解放され、手の中には端の欠けた板チョコが残った。
「喰いたきゃ、自分で買ってこいよ」
「自分で買ったら意味がないだろ」
「? 何故?」
「バレンタインデー」
「はぁ?」
 そんな行事は終わってしまっていることは知っている。止せばいいのに、淡い期待を抱いては玉砕している元レンジャーの同僚がいるからだ。
 そいつは今年もロッカールームで独りうなだれていた。
「…女にもらえなかったのか?」
「受け取らなかった」
「あん?」
「来月まで一緒にいられる気がしない」
「あぁ…」
 ホワイトデーまで関係が続かないと言いたいのだろう。確かにそれでは、受け取っても返す当てがない。
 納得しかけて、新たな疑問が湧いた。
「…なら、俺にはお返しをくれるのか?」
「お前が望むなら」
 冗句で聞いたのに真面目に即答され、俺は少々絶句した。
「………………今日はバレンタインデーじゃねぇぞ」
「知っている。なら、お前は知っているか? 15日は嫌いな奴にチョコを贈る日だ」
「そうなのか? そいつは知らなかった」
 俺を見下ろす細い目を見つめて、ふと哂う。
「そんな日にチョコをもらって良かったのか?」
「無視されるより、ずっといい」
「…なるほどな」
 まるで構ってもらえる気配のないバトーよりはマシだということなのだろう。
「それに…」
「? 何だ?」
≪間接キスだ≫
 欠けた板チョコ。その端に残る奴の歯型。
≪…お前、馬鹿だろう?≫
≪お前に惚れれば、馬鹿にもなるさ≫
 しれっと言い返されて、今度こそ本当に絶句した。
「………食う気が失せた。責任とって全部食いやがれ」
「了解」
 俺からチョコを受け取ると、ボリボリと音を立てながら美味そうに貪り始めた。
「…サイトー」
「何だ?」
「このお返しは3月15日にでも期待しててくれ」
 チョコを軽く咥え、口角を上げて奴は哂う。
「…お断りだ」
「つれないな」
 気配も情も薄い男を残して、俺は席を立った。



Fin



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