エピローグを知らない
割と気に入っている映画があるが、そのエピローグを俺は覚えていない。
眩しさに目を覚ますとブラインドが開けられていて、窓の向こうに小雨に煙る街が見えた。
寝付く直前の記憶がない。『いつものこと』とは言え、いい加減気が滅入ってくる。
身体に残る気だるさをともにシャワーで洗い流し、部屋に戻ってくると、食欲をくすぐる香りが漂ってきた。
「飯、できてるぞ」
昨夜、俺のセーフに泊ったパズだ。器用な奴で、料理もよくこなす。
「おう。悪ィな」
トーストとベーコンエッグとサラダ。そしてブラックコーヒー。
テレビのニュースを何となく眺めながら、それらを胃に収める。
今日は久しぶりの休暇だ。蓄積した疲労により痛めつけられた身体をゆっくり休ませることができる。
まずは軽いストレッチをこなして、ライフルを手入れして…。
録画したまま見終わっていない映画でも見るかと思い、ふと気付く。
「………パズ。お前は?」
パズも休暇だったはずだ。
「邪魔か?」
「いや…」
「ボーマから借りてる本がある」
「そうか」
食器を片づけた後、互いに干渉することなく、それぞれの時を過ごす。
パズが本のページをめくる傍らで身体をほぐし、ライフルを整備する。
「サイトー」
「悪いな」
淹れたてのコーヒーを受け取って、俺はビデオをスタートさせた。
コーヒーの香り。煙草の香り。
テレビから流れる音声。
静かで薄い、けれど確かにそこに在るパズの気配。
スクリーンの中で、男が恋人の名を呼ぶ。
「………サイトー?」
気がつけば、隣で映画を見ているはずのサイトーが寝息を立てていた。
昨夜は、否、昨夜も無理をさせ過ぎたか。自嘲しつつも、自重するつもりがない自分がここにいる。
ソファにかけられたブランケットをサイトーの身体にかけてやり、俺はついたままのビデオを消した。
「…サイトー。起きろ」
「…ん…」
ゆっくりと目を開き、時計に目をやり、少し驚く。ずいぶんと寝入っていたようで、辺りは薄暗くなっていた。
見ていたはずの映画も止められている。
「飯、食うだろ?」
「…あぁ」
キッチンに向かうパズの背中を見送って、俺は煙草に火を点けた。
最近はこんな調子のまま、映画を最後まで見れたことがない。
エピローグを知らないまま、今回も休暇が終わろうとしている。
いつかはそのエピローグを知る日が来るのだろうか?
「…サイトー? どうした?」
「いや…何でもねぇ」
知らなくてもいい。
ほんの少しだけ、そう思った。
Fin
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