白いバラをあなたに



 行確から戻ってきたサイトーを草薙が呼び止めた。
「サイトー。あなたにしては随分珍しいものを持っているわね」
「…あぁ」
 サイトーは手に一輪の白いバラを持っていた。
 世界屈指の狙撃手の持ち物としては確かに意外で、元傭兵のサイトーの持ち物としては不似合いなものだ。
 しかし、何のことはない。
 行確中に対象に尾行がばれないよう、途中の花屋で客を装った。それだけだ。
「どうするの、それ?」
「トグサにでもやろうかと」
 ここ数日まともに帰宅できない同僚には家族がいる。殺風景な自分のセーフハウスに飾るより、トグサの妻や娘に眺めてもらう方が花にとってもいいだろう。
 サイトーはそう思っていたのだが。
「あら。私にはくれないの?」
「は?」
 花をめでるという行為から、恐らく世界で一番縁遠い場所にいる女の台詞とは思えない。
 サイトーは思わず聞き返してしまった。
「欲しいんですか?」
 草薙は微笑を浮かべたまま、じっとサイトーの顔を見つめている。
「どうぞ」
 サイトーは草薙に白いバラを差し出した。
「ありがとう」
 バラを受け取った草薙は早速周りのビニールを取り去ると、茎を短く手折る。
 そして、それをサイトーのジャケットの胸ポケットに挿した。
「似合うわよ。今日はそのままにしておきなさい。これは命令よ」
 サイトーに有無を言わさず、草薙は踵を返しそのまま立ち去った。



「………色男を気取ってるのか? サイトー」
 対象の尾行で得た情報をダイブ・ルームに持っていくと、案の定イシカワが白いバラに食いついてきた。
 掻い摘んで事情を説明すると、イシカワは驚くほど盛大に笑い出した。
 ダイブ装置の椅子に座ったまま、腹を抱えて身を捩る。目元を拭っているところを見ると、どうやら涙まで流しているようだ。
「………何がそんなに可笑しい」
 意味も分からず笑われて、サイトーはムッとする。
「…本当に何も分かってねぇんだな」
「だから何なんだ」
「『ブートニエール』と言われるヨーロッパの古い風習だ」
「『ブートニエール』?」
「男が恋する女に告白する時に花束を渡すんだ。花束を渡された女は返事がノーの場合は黙って花束を受け取り、イエスの場合は花束から一輪抜いた花を男の胸に挿すんだ。スーツの襟にボタンホールがあるだろう? それはその名残だ」
 唖然としてしまったサイトーの顔を眺めながら、イシカワは駄目押しの言葉を吐く。
「お前は少佐に花を贈り、少佐はそれをお前の胸に挿した。つまりそういうことだ」
 よりによってあのメスゴリラに。
 そう言って再び笑い出したイシカワを、サイトーは憮然とした表情のまま見つめていた。



 草薙が地下駐車場に降り立つと、車に寄りかかっていたサイトーが身を起こした。
「プロポーズを受けてもらった俺は、少佐をどこに連れて行けばいいんですか?」
「…そうね」
 草薙はサイトーの前に立つとニッコリと微笑んだ。
「薄まってない美味しいお酒が飲めるところかしら。可愛い娘がいるともっといいわね」
「パズじゃあるまいし。俺がそんな店を知っているとでも?」
「探しなさい」
「…了解」
 サイトーが助手席側のドアを開けると、草薙は滑り込むように乗り込んだ。
 検索をかけながら、運転席側に移動する。
 胸から甘い香りが立ち上る夜。
 サイトーは香りにも酒にも、そして女にも酔えそうになかった。



Fin



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