頭上から降り注いでいた雨がふっと途切れる。
 後ろを振り向くと、バックアップを任せていた男が傘を差し掛けていた。
「…雨に濡れたくらいで、サイボーグが風邪なんかひかないわよ。サイトー」
「知ってる」
 そういうサイトーもずぶ濡れになっている。この雨の中でライフルのスコープを覗いていたのだから仕方がない。
「自分の体調の方を気にすべきじゃない?」
「俺がそんな軟に見えるのか?」
「私がそんなに軟に見える?」
「少なくとも、女が雨に濡れているのを見てるのは、気分がいいもんじゃねぇ」
「…紳士ね」
 サイトーは黙ったまま肩をすくめた。
「…あんたはあの時も雨に濡れていた。それを思い出す」
「…思い出したくない思い出?」
「いや。忘れられない思い出だな」
 それは左目と左手の痛みとともに深く刻まれている。
「何にせよ…傘は必要ないわ」
≪雨で誤魔化さないと泣けないからか?≫
 赤い瞳が残された生身の目をじっと見つめた。
「私たちには泣いてる暇なんてないはずよ?」
「………それでこそ、少佐だ」
 サイトーは静かに傘を閉じた。
 雨は降り続けている。地を染めた犠牲者の血を洗い流すように。
≪バトー。状況は?≫
≪ダメだな。生存者ゼロ≫
≪パズ。ボーマ≫
≪こちらも同じく≫
「…行くぞ。サイトー」
「了解」
 赤い瞳はもう振り返らない。後ろも過去も。
 雨と血に濡れても。



Fin



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