ダイブルームの入口は狭く、タチコマの車幅ではくぐれないため、タチコマたちは開いた入口から中に向かって叫んだ。
「Trick or Treat!」
「…何だって?」
ここのところ徹夜続きのイシカワは煙草の煙を吐き出すと、気だるそうに入口に目を向けた。
「ハロウィンじゃねぇの?」
仮眠から戻ってきたばかりのボーマは、デリバリーのピザを頬張っている。
「また下らないデータを拾ってきやがって」
「子供の頃やったなぁ」
「フランケンシュタインか?」
「ミイラ男だったよ。包帯巻くのが大変だった」
ボーマは口の端についたソースを親指で拭いながら「ははは」と笑う。
「悪戯されるのは困るが、ここにはピザくらいしかないぞ? お前らピザなんて食えないだろ」
「大体、お前らが欲しいのは天然オイルだろ? バトーにでも言ってもらってこい」
「バトーさんからはさっきもらいました〜!」
「…あの馬鹿」
イシカワは苦い溜息をつく。バトーは草薙にばれないようにやっているつもりでいるらしいが、タチコマはとんでもなく『口が軽い』。例えタチコマが草薙に直接言わなくても、こういった経路で回りに回って草薙の耳に入る。
一旦タチコマに漏れた情報はタチコマの記録装置から即座に消去しない限り、いずれは草薙の知るところになるのだ。
「それにお前ら、菓子が欲しいなら、お化けの仮装しなきゃダメだろ」
眠気とともに深い思考回路に陥りそうになったイシカワの意識を、ボーマののんびりとした口調が呼び戻した。
「そうなの?」
「お化けに悪戯されたくないから、対価としてお菓子を渡すんだ。お化けじゃないなら、渡す必要はないな」
ボーマの言うとおり、タチコマはいつも通りの『格好』だ。
「でもでも。お化けなんて非現実的なもの、人間は本当に信じてるの?」
「お化けって人間が死んだ後、魂だけになった姿なんでしょう? それって科学的に証明された存在じゃないんだよね?」
「幽霊とか魂って、死んだ後は楽になれるって願望が生み出した想像だよね? 生きてる間に悪いことすると、死んだ後も幽霊になって苦しむって教えたりするんでしょ?」
「苦しんでる幽霊とかに悪戯されるの、確かに嫌かも」
「だからお菓子をあげて追い払うんだね。納得〜」
「じゃあボクたちも天然オイル獲得のためにお化けの格好をしなきゃ!」
「でもでも。お化けって普通は視認できないんだよね? だからさ…」
「…なるほど!」
電通を通じてもたらされた案に、タチコマはぽんとアームを打った。
「イシカワさ〜ん。ボーマく〜ん。Trick or Treat!」
光学迷彩をかけてワイワイと騒ぐタチコマたちに、イシカワとボーマは頭を抱えたくなった。
「パズさ〜ん! Trick or Treat!」
駐車場入り口にある喫煙スペースで煙草を吸っていたパズは、光学迷彩を使用したまま現れた思考戦車を訝しげに眺めた。
光学迷彩で姿を消しているものの、ボーマがピザの箱についていたカボチャや帽子のオブジェをタチコマのアンテナ部分に取り付けたため、その姿は完全には消えていない。
パズは煙草を咥えたまま、右手をすっと差し出した。
「プラグを出せ」
タチコマがプラグを差し出すと、パズは自分の首の後ろに回し接続した。
「お? おぉ〜!」
パズの電脳からタチコマのAIへデータが流れ込んでくる。
「…これで終わりだ」
パズは無造作にプラグを引き抜くと、ふーっと煙を吐き出した。
「知らなかったよ! 女の人って●●●が×××なんだね!」
「しかも△△△で□□□だったなんて! 信じられな〜い!」
「だからこの前、少佐はバトーさんを怒ったんだ!」
「これはバトーさんに知らせてあげなきゃ!」
色街で拾ったゴシップを基に作り上げた情報という『飴玉』に、タチコマたちはワイワイと盛り上がる。
しかしその場所からは、パズの姿が煙のように消えていた。
「サイトーさ〜ん! Trick or Treat!」
場所は地下射撃訓練場。
サイトーがライフルのスコープから目をあげると、背後の柵の後ろでアームを振り上げている思考戦車たちが見えた。
「Trick or Treat!」
「Trick or Treat!」
口々に叫ぶ言葉から、ハロウィンのイベントだとサイトーはようやく気付いた。
サイトーはライフルを取り上げると撃鉄を起こし、表情も変えずに静かに言った。
「鉛玉でいいか?」
「きゃあ〜〜〜っ!!!」
タチコマは一斉に悲鳴をあげて、後ずさりした。
「冗句だ」
「…え?」
その言葉にタチコマがピタリと止まる。
「射撃制御ソフトを見てやる。来い」
「わ〜い!」
タチコマたちは先を競うように訓練スペースに下りて行った。
「いや〜。経験値がアップしたね〜」
「サイトーさん、生身なのにあの射撃精度はすごいよね〜」
「左腕を義体化してるからじゃないかな。銃身を支える腕にブレがないせいだよ」
静まり返った9課の廊下で、タチコマたちは身を寄せ合って話し込んでいる。
「お前たち。こんな所で何をしている」
「あ、課長。それに少佐」
見れば廊下の向こうから、荒巻が草薙を引き連れて歩いてくる。スケジュールをさっと確認してみると、二人は首相官邸からの帰りのようだ。
「あら。何を付けてるの?」
タチコマが車体を揺すると、アンテナに取り付けられた小さなカボチャのオブジェが揺れる。
「そう言えば、今日はハロウィンか」
「そうなんです! ボクたちも『お菓子』をもらおうと思って」
「何かもらえた?」
「バトーさんからは………あわわ。何でもないです!」
「トグサ君はボディを磨いてくれるって。イシカワさんとボーマ君はこの飾りをくれました」
「パズさんからはスゴイ情報をもらったよ!」
「サイトーさんには射撃制御ソフトを見てもらいました。射撃精度が大幅にアップしたよ!」
車体を揺らして喜ぶ姿は本当に子供そのものだ。
「ではワシは新しい機能でも付けてやろうか」
「えっ?! 本当に?!」
「まだ検討段階だ。実現するかは分からんぞ」
「わ〜い! わ〜い!」
思わぬ人物からのタチコマたちは声をあげながら、二人の周りをグルグルと回った。
「いいの? そんなこと言って」
「赤服たちからタチコマの新機能について、提案があった。テスト次第で採用する。お前も後で資料を読んでおけ」
「了解」
草薙は手を伸ばすと、タチコマの青いボディにそっと触れた。
「今日は十分遊んだでしょ。そろそろハンガーに戻りなさい」
「は〜い!」
走り去る思考戦車を見守りながら、草薙はふっと微笑んだ。
Fin
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公安9課でハロウィン
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