「ご苦労様」
サイトーがコードを外して目を開けると、草薙が機器を操作していた。
「脳波が終止安定している。流石ね」
サイトーのデータを見ているようだ。
「こんなオモチャで興奮できるほどガキじゃねぇ」
サイトーの物言いに、草薙はフッと笑みを零した。
「電脳麻薬といっても、それほど強力なものではなさそうね。データはイシカワと赤服に回すわ。解析が終わったら、このデータは処分する」
「行っていいのか?」
「構わないわ。でも、この後身体に影響が出る可能性もなくはないから、指示があるまで待機していなさい」
「了解」
サイトーは会議室を出るとシャワールームに向かった。
身体にこびり付いている不快な感触を、冷たいシャワーで洗い流す。
僅かではあるが、身体が火照っていたようだ。肌に当る冷水が気持ちいい。
サイトーは身体を手早く洗うと、シャワーを止めた。
顔を手で拭いながら、ブースのドアにかけたバスタオルに手を伸ばす。
「どうだった?」
「…パズ!」
いつの間に入ってきたのか、ブースのドアの向こうにパズが立っていた。
咥えた煙草から紫煙が立ち昇っている。
その姿を視界が捕らえた途端、サイトーの心臓が跳ね上がった。
モニタリング中、女の顔がパズに見えた、あの瞬間のように。
「………何のことだ?」
動揺が悟られないよう、サイトーは努めて平静を装いながら、ぶっきらぼうに答えた。
「例のソフトのモニタリングしたんだろ?」
「あぁ、あれか。お前が持ち帰ったのか?」
「あぁ」
「大したことはなかったな。あれで盛れるヤツは随分とおめでたい」
「そうか? トグサは後始末が大変だったそうだぞ。今は仮眠室でぶっ倒れてる」
モニタリングを受けたのはサイトーだけではなかったらしい。もう一人の生体―トグサもその餌食になっていたようだ。
「女の顔がカミさんに見えたか」
「お前は誰に見えた?」
ポーカーフェイスが一瞬崩れそうになる。
「誰にも。オペレーターには似てたな」
「そうか」
パズは煙草を排水溝に投げ捨てると、新たな1本に火を点けた。
そこから立ち去る気配はまったくない。
サイトーはブースから出ることができず、苛立たしげにバスタオルを握り締めた。
「…で、お前はそこで何してる?」
「モニタリングだ」
「何の?」
「お前の」
「は?」
≪お前、俺が相手なら勃つんだな≫
サイトーがブースから出られない真の理由を言い当てられ、サイトーの顔がカッと朱に染まった。
≪ここじゃあセックスは無理だからな。せめて抜くとこ見ててやるよ≫
「馬鹿野郎! 今すぐ出てけ!」
液体石鹸のボトル等、手近なものを掴んで投げつける。
パズは軽くかわすと、肩をすくめてシャワールームから出て行った。
「畜生! あの野郎!」
シャワーの音に罵声が混じる。
≪パズ! 今夜予定を空けておけ!≫
屋上で煙草をふかしているパズの元に、怒鳴るような電通が届いたのはそのしばらく後のことだった。
Fin
≪
P×S menuへ/
text menuへ/
topへ