「あぁ〜腰がだりぃ………」
サイトーはうつ伏せのまま、枕に顔を埋めて呟いた。
パズはその隣りで煙草を吹かしている。
「…サイトー」
「何だ?」
「うまかったか?」
「………何のことだ?」
「チョコレートだ」
「覚えてねぇよ。味わってる暇なんかなかっただろうが」
無理やり食べさせられた上に、すぐに行為に突入してしまったのだ。
終わった後はひどく喉が渇いて、ミネラルウォーターを一気に飲み干し、口の中にはチョコレートの味など残っていない。
「そうか。そいつは残念だ」
「まったく…無理やり食わせやがって…」
「あれは俺が買ったんだ」
思いもよらない台詞が聴こえ、サイトーは枕から顔を上げた。
煙草を咥えるパズの横顔はいつもと変らない。
「甘いものが苦手なお前でも食えるように、甘さを抑えたものを選んで俺が買った。お前のために」
「………女からのもらいもんじゃねぇのか?」
「だから違うと言ってるだろ」
「お前…そんなに女々しい奴だったか?」
「そんな気分だったんだ」
ネットでは味見ができないので、店に足を運んで実際に買ったのだろう。
パズがどんな顔でチョコレートを買ったのか分からない。
「…そうか。悪かったな…」
それなのに味を覚えていない自分自身に、サイトーは少しだけ自己嫌悪感を覚えた。
「いい。その代わり来月は期待しておく」
「来月?」
「ホワイトデー、だ」
「あぁ」
つまりは『お返しを寄越せ』ということなのだろう。
パズが選んだチョコレートとその想いに見合うだけの。
「分かった。だが、あまり、その…期待しないでくれ」
サイトーは顔が火照るのを感じ、再び枕に顔を埋めてしまった。
だからサイトーは見ていない。
「あぁ、いいよ。お前がくれるなら、何だって…」
煙草の煙を吐き出すパズの口元が嬉しそうに微笑むのを。
「で、結局誰なんだ?」
「何のことだ?」
「お前にチョコレートをあげた女」
「…やけに拘るな」
「誰なんだ?」
「トグサの娘だよ」
「………は?」
「物心ついたトグサの娘がな、誰にでもチョコレートをあげたがって仕方がないんだと。トグサが困った顔で配ってた」
「…本当か?」
「嘘ついてどうする? お前、今日はロッカールームに行ってないだろ? ロッカーに行った奴はみんなもらったぞ。中身はチロルチョコだそうだ」
「………………そうか」
「お前、誰だと思ってたんだ?」
「………思いつかなかった」
「それでしつこく聞いてきたのか?」
「お前が妙に焦らすからだ」
「俺がいつ焦らした?」
「車の中で」
「? そうだったか?」
「まぁ、いい。………そうか、トグサの娘か」
「? 何だ? 何で笑ってる?」
「何でもねぇよ」
Fin
攻殻機動隊バレンタイン企画出典作品 その5
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