賑やかな孤独
薄暗いカウンター。
琥珀色の海に浮かぶ氷。
立ち上る紫煙の螺旋階段。
「なぁ、サイトー。…お前、俺のことどう思ってる?」
いつもと変らないバーカウンターで、パズの台詞だけが異質な空気をまとっていた。
その言葉を発した横顔もいつもと何も変わらないのに。
「? どうって、何がだ?」
「俺のこと好きか?」
「はぁ?」
「なぁ…どうなんだ?」
「………何の冗談だ?」
「冗句に聞こえたか?」
結局、サイトーは何も答えることができず、逃げるように店を後にした。
それから数日後。公安9課は要人警護の任務についていた。
某国との文化交流の一環としてオペラが上演され、文部科学大臣が出席することになっている。
しかし、この大臣は近頃ある献金疑惑でテレビや紙面を賑わせている人物で、抗議のメールや電話が後を立たない。
そんな中、大臣暗殺の予告状が届いた。
もちろん愉快犯の可能性もあるが、見捨てておける問題ではない。大臣の人柄や疑惑がどうであれ、テロリズムは阻止しなければならない。
そこで9課が動くこととなった。
オペラが上演される劇場の各所に分散し、県警やSPとともに警備についている。
しかし、そこにパズの姿はない。
この案件のブリーフィングの後、パズは課長である荒巻に単独捜査の許可を取り付け、どこかに消えてしまった。
定時連絡は草薙のもとに届いているようなので生きてはいるようだが、どこで何をしているのかまったく分からない。
サイトーは覗いていたスコープから目を放すと、小さな窓越しに観客席を見下ろした。
サイトーは今、映画上映用の映写機が置かれた部屋に独りで篭っていた。
いつもは映写機が置かれているスペースに、精密狙撃ライフルがセットされている。
ここからなら客席すべてが網羅でき、またこの部屋以外の狙撃ポイントも射程に入れられる。狙撃と監視任務を行うサイトーにとってぴったりのポイントだった。
≪こちろ、ボーマ。劇場内に爆発物はないようだ。引き続き捜索にあたる≫
≪なぁ、ボーマ≫
≪何だ、バトー?≫
≪あれからパズからは連絡はねぇのか≫
≪ないな。今は自閉モードにしてるみたいで繋がらないし…≫
≪何やってやがるんだ、あいつは………≫
電通越しでもバトーが溜め息をついたのが分かった。
ブリーフィング中にパズが怪訝そうに目を細めたのを、サイトーは見た。何か気になることがあるようだが、情報として開示できるほど確度のあるものではなかったのだろう。
本部を後にする背中を見送ったのは2日前。それ以前にあのバーで気まずい別れ方をしてから、パズとは会話を交わしていない。
パズを信用していない訳ではない。パズがドジを踏むとも思ってもいない。
しかし、サイトーのゴーストが妙に落ち着かないのは、あの夜のパズの台詞が引っかかっているからだ。
『俺のこと好きか?』
まるで明日の天気を聞くように、その台詞を口にした。
酔った末の冗句だと笑い飛ばしてしまえれば良かったのだろうが。
『冗句に聞こえたか?』
そう言ってパズは薄く笑った。
≪………パズ。どこにいる?≫
自閉モードにしている相手からはもちろん応答などあるはずもなく。
サイトーは頭を振って大きく息を吐き出すと、再びスコープを覗き込んだ。
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