舞台上では某国大使の隣りで、大臣が演説をしている。
今のところ、不審な動きはまったく見られない。
≪バトー。そちらの様子は?≫
≪異常なし。妙な動きは見られねぇ≫
≪トグサ≫
≪ロビーも異常ありません≫
≪サイトー≫
≪客席、舞台、その他、異常は見られない≫
≪ボーマ≫
≪やはり爆発物などの不審物は見つかりません≫
≪イシカワ。回線は?≫
≪有線、無線ともにハッキングやジャミングの形跡は見られない。綺麗なもんだ≫
≪少佐。こいつはブラフじゃねぇのか?≫
≪ブラフでもいいじゃない。何も起きないに越したことはないわ。だからと言って、最後まで気を抜くな≫
≪了解≫
客席に拍手が沸き起こる。
「続きまして、出演者より花束の贈呈です」
豪奢な衣装を身に纏った女性が大きな花束を抱えて舞台袖から登場すると、一層大きな拍手が沸き起こった。
この舞台の主役を務める女優だ。スポットライトとカメラのフラッシュを浴びて、文字通り輝いている。
「大使。大臣。舞台中央にお願いします」
女優に負けじと、大臣もニコニコと笑みを振りまきながら、大使とともに舞台上を進んでいく。
スコープを覗くサイトーの目にキラリと光るものが映った。
≪少佐! 花束の中にナイフが!≫
サイトーが電通を発するよりも早く、花束を投げ捨てた女優はナイフを大臣へと突き出した。
≪バトー!≫
舞台袖から飛び出したバトーが大臣の襟首を掴み、引き寄せる。
「ぐえっ!」
車に轢かれた蛙のような悲鳴を上げて、大臣は無様に舞台の上に転がった。
「…んの野郎っ!」
バトーが銃口を女優に向ける。
客席では悲鳴と怒号が上がり、我先へと出口へと逃げ出す人々でパニックが起きていた。
そのパニックの波にもまれ、SPとトグサは舞台に近づけない。
腰を抜かしている大臣を背に守るように立ち、バトーは引き金を引いた。
しかし、女優の身のこなしは尋常ではなく、嵩張る衣装を身につけてるとは思えない動きでバトーの銃弾をかわした。
「くそ!」
女優がナイフを構えたままバトーに突っ込んでいく。
身構えたバトーの横を風のようにすり抜けると、凶刃を再び大臣へと向けた。
「! しまった…! サイトー!」
サイトーの目にも、バトーと女優の『舞踏』は映っていた。
そのダンスステップはすさまじく、サイトーに引き金を引くタイミングを与えない。
女優がバトーを振り切った瞬間にそのタイミングは訪れた。
しかし、サイトーは引き金を引けなかった。このまま撃てば女優の身体を貫通した弾丸が、その背後で倒れている大使に当ってしまう。
その時、スコープの視界に躍り出る人影が見えた。
≪撃て。サイトー≫
その静かな声にサイトーは引き金を引き、騒然となる劇場に閉幕の銃声が轟いた。
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