「バトー。パズの報告者は見た?」
「パズ? あいつ入院中だろ?」
「様子を見に行ったボーマが簡易報告書を持って帰ってきたのよ」
 草薙がバトーに報告書を手渡すと、バトーはざっと目を通し始めた。
「………あいつは〜。この間の件、懲りてねぇのかよ」
「今回は裏目に出なくて良かったわね」
 パズの報告書には主役の女優が大臣の献金疑惑で自殺した元秘書の年の離れた妹であること、元秘書と女優は幼い頃に両親が離婚し、離れ離れになっていたこと。元秘書が妹をオペラ歌手にするため一生懸命働き、妹がその夢をやっと叶えた矢先に兄が自殺を装い殺されたこと。
 そして、兄の残したメモで事実を知った妹は、本来舞台に上がるべき主役の女優を拉致監禁した上で、あの舞台に望んだことが書かれていた。
 パズは拉致監禁された女優と一晩共にしており、その時に文化交流でのオペラの主役を張ることを聞いていたのだ。しかし、ブリーフィングで主役が変っていることに気づき、単独で捜査を始めたと備考欄に追記されている。
「その拉致監禁されてた女優ってのは?」
「パズが助け出して、病院に搬送したわ。狙いは大臣だけで、他は殺すつもりはなかったのが幸いね。でもショックが大きくて、当分舞台には上がれそうもないけど」
「パズは?」
「左腕の義体換装だけだから、明日には出てくるわよ。もう今頃は病院を抜け出してるんじゃない?」
「しかしなぁ…パズもパズだが、サイトーもサイトーだ」
「あら? 何が?」
「あのまま撃てば大使に当っちまうから撃てなかったのは分かるし、間にクッションを挟めば射速が落ちて、貫通能力が削がれるのも納得はする。だからってなぁ…パズごと撃つかぁ?」
 あの瞬間、サイトーが放った弾丸は舞台に身を躍らせたパズの左腕を貫通し、ナイフを女優の右手首をもぎ取った。
「安心しろよ。あれがお前なら撃ってない」
「! サイトー」
 バトーが見上げると、共用室の階段の上から隻眼が見下ろしていた。
「…パズなら撃てるってのか?」
「あいつは俺の銃口の前に立った。俺の銃口の前に立ち塞がるような馬鹿は一回くらい死ななきゃ治らねぇ。お前はそんな馬鹿な真似はしねぇだろ? そういうことだ」
「そういうことって…お前…」
「少佐。先に上がります」
「お疲れ様」
 ぽかーんと口を開けているバトーを残し、サイトーは共用室を出て行った。



 数日前と変らないバーカウンターに、やはりその時と同じようにパズが座っていた。
「もう出てきていいのか?」
「ヒューマン・エラー因子の除去なら済んでる。あそこのベッドは寝るには硬すぎるからな」
 サイトーはパズの隣りに座ると、同じ酒を注文した。
「………あの日お前に聞かれたことをずっと考えていた」
「?」
「お前が聞いたんだろうが。お前のことが好きかどうか」
「…あぁ。答えは出たのか?」
「お前はどうなんだ? 俺のこと好きなのか?」
 パズはゆっくりと煙を吐き出した。
「…質問に質問で返すのか?」
「お前だって答えられねぇじゃねぇか」
 サイトーは酒を一口煽ると、忌々しそうにグラスを乱暴に置いた。
「お前を嫌いだと言えばお前は凹むだろうし、逆に俺が好きだと言ってもお前は困るんだろうが!」
「………………………」
「俺だって同じだよ。同じ職場で働いてて嫌われるのは正直やりにくいし、お前みたいなろくでもない男に好かれたいとも思わねぇよ」
「………それが答えか?」
「そうだ」
「そうか」
 いっそ清々しいまでのサイトーの答えに、パズの口元に自然と笑みが浮かぶ。
「だが俺とは寝るんだな」
「『寝る』と『好き』はイコールか?」
「いいや」
「なら馬鹿なこと聞くなよ」
 サイトーも煙草を取り出すと、先端に火を点けた。短くなっていく2本の煙草をしばらく無言で見つめる。
「…なぁ、パズ」
「何だ?」
「もしかして、お前は俺達の関係を明確にしたいのか?」
「………………」
「…恋人。セフレ。火遊び。ゲーム。度胸試し…」
「くそっくらえ、だな」
「同感だ。カテゴライズに意味はない。お前と寝たいから寝る。それだけだ。それ以上も以下もない」
 サイトーの手の中で、酒に浮かぶ氷が涼やかな音を立てる。
「独りでいい。独りがいい。外野が喧しいなら、なおさらだ」
「…『賑やかな孤独』か」
「ん?」
「あのオペラの題名だ」
「…あぁ」
 パズはマネークリップから札を抜き取るとカウンターの上に置いた。
「出るぞ」
「おう」
 街のネオンの光も届かない夜の闇の中に2人は消えていった。



Fin






てる様からのリクエスト/『サイトーさんを困らせるパズ』
リクエストありがとうございました。





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