about them



「…よし。組み上がったぞ」
「回してくれ」
 照明の落とされた室内に灯るのはモニタの光源だけ。
 イシカワとボーマがこのダイブルームに篭ってから、かなりの時間が経過していた。
 イシカワに至ってはここ数日間、ダイブルームと仮眠室、シャワールームの往復しかしていない。
 イシカワはボーマが組み上げたワクチンをチェックすると、隣りに視線を送った。
 ボーマの隣りに一人の男が立っている。サイトーだ。
 ボーマが座る座席の背もたれに肘をつき、身を屈めてモニタを覗き込んでいる。
「………………………」
 そんなサイトーをじっと眺め、イシカワは顎ひげをこすった。
「…なぁ、サイトー」
「何だ?」
 隻眼が振り返る。その顔は室内の暗さも手伝って、いつも以上に無表情に見えた。
「お前、腰を痛めたのか?」
「え?!」
 イシカワの言葉に驚いたのはむしろボーマの方で、言われた本人は眉一つ動かさない。
 サイトーが腰を庇うような仕草を見せるようになったのは、しばらく前からだ。
 初めは訓練中に少し痛めたのかと、気にも留めていなかった。しかし、そんな仕草が断続的に続くようになり、さすがに気になりだしていた。
 サイトーは何気ない動作で身を起こすと、ぽつりと呟いた。
「まぁな」
 その答え方は、イシカワが気づかなければ誰にも申告するつもりがなかったことを物語っている。
「何で言わないんだよ。怪我したのか?」
 案の定、ボーマが少し怒ったように声を荒げた。
 体調の不調を隠すことは、一緒にコンビを組む者の足を引っ張りかねない。
 例えわずかな痛みだろうと申告することが生き残るための手段だ。
 それを知らないサイトーではない。
「怪我じゃない。少し痛む。それだけだ」
「ぎっくり腰か?」
「違う」
「まさか、ぢとかか?」
「違う」
「何だ? はっきりしねぇなぁ」
 イシカワはひげをこする振りをして手で口元を隠しながら、薄く笑みを浮かべた。
「女か?」
 イシカワにしてみれば、それは冗句のつもりだった。ポーカーフェイスを気取る生真面目なこの男をからかってみたいと思っただけだったのだ。
 しかし、それは的を得ていたようで、サイトーが一瞬だけ息を呑むのが分かった。
「…マジかよ…」
 その気配はサイトーの隣にいたボーマにも伝わったようで、ボーマは素直に驚き、義眼でなければ目を見開いていただろう。
「何だ。ヤり過ぎかよ」
 心配そうだったボーマの声が揶揄する声色に変わる。
「そんないい女を見つけたのか?」
「そんなんじゃねぇよ」
「憎いねぇ。でもバレると少佐にどやされるぞ」
「分かってる」
 ボーマに肘で腰の辺りを突かれているサイトーは、かすかな苦笑を浮かべている。
(…誰かと付き合っていることは否定しねぇのか…)
 そんなサイトーを見つめながら、イシカワはゴーストが囁く違和感に内心で顔をしかめていた。
 サイトーからは女と付き合っている『臭い』がしない。
 例えばトグサ。9課唯一の家庭持ちであるその男は常に家族の写真を携帯し、思考戦車すらを相手に親馬鹿ぶりを発揮してみせる。
 例えばパズ。漁色で名を馳せるロクデナシは、女の移り香と煙草の香りを身にまとったまま平然と出勤してくる。
 付き合う相手がいるのなら、ほんのわずかでもその痕跡が残るはずなのだ。それがサイトーにはない。
(どこかで性質の悪いウイルスでも拾いやがったか?)
 パズのように色街で遊んでいる様子もなく、また几帳面なほど慎重なこの男がそんなヘマをするとは思えない。
(………あぁ、まったく………)
 たどり着いてしまった答えに、イシカワは盛大に溜め息をつきたくなった。







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