男、か。
 しかもサイトーは『タチ』でなく、『ネコ』の方だ。
(どこの物好きだよ、まったく)
 サイトーはほぼ生身で小柄ではあるが、傭兵上がりの軍人で、整ってはいるが強面の屈強な男だ。これを抱こうという男の気が知れない。
 しかも特A級のスナイパーとしての自負と、簡単に膝を屈することを潔しとはしないプライドの高さを持っている。そんなサイトーが唯一従う相手は、イシカワもよく知っている女だけだ。
 その女はサイトーの左目と左腕を奪う痛みとともに、下僕に身を堕とす悦楽をサイトーのゴーストに刻み付けた。
 そのサイトーが男に身体を開く?
 鍛えて引き締まった男の身体を組み敷いて、あんあん鳴かせて愉しむ?
(あり得ない………だろ)
 イシカワは軽く首を振った。
 だが、しかしだ。草薙のように圧倒的なパワーでではない方法で、サイトーのゴーストラインに踏み込める奴がいるとしたら?
 滅多に見せることのないサイトーの隙に滑り込み、内側からじわじわとサイトーのゴーストを侵食していく。まるで病魔のように。
 そいつはサイトーが思っている以上に狡猾な男なのだろう。
 サイトーは自分の意思で身体を開いているつもりなのだろうが、多分それは大きな勘違いだ。その男の罠にまんまと嵌ってしまっている。
 快楽の沼に少しずつ引きずり込み、そのポーカーフェイスを一枚ずつ丁寧に引き剥がし、虜にする。
 そいつがほくそ笑む顔が目に見えるようだ。
 なんてサディスティックなエゴイストだろう。
(サイトーよ…随分と悪い男に捕まっちまったようだな…)
 嵌ってしまっては簡単に抜け出せない。最終的にはボロボロにされて捨てられる。
 そんなことは分かりきったことだ。
 だが、そんな終末を迎えたとしても、サイトーはポーカーフェイスのまま呟くのだろう。
 俺なら慣れてる、と。
「サイトー。このワクチンを少佐のもとまで届けてもらいたいんだが…」
 イシカワを思考回路の迷宮から現実に連れ戻したのはボーマの声だった。
「電通で送れないのか?」
「少佐は今、電通が使えない所にいるんだ」
「場所は?」
「ここだ」
 ボーマがモニタに草薙の位置情報を映し出すと、サイトーは再び身を屈めてモニタを覗き込んだ。
「分かった。届ける」
「一人で大丈夫か?」
「あぁ」
「…そうか」
 ボーマは少し渋っていたが、ワクチンのデータをチップに移すとサイトーに手渡した。
「じゃあ行ってくる」
 ボーマの心配そうな視線を背中に受けながら、サイトーはダイブルームを出て行った。
 ボーマが座席に座りなおすと、音を立ててダイブルームの扉が開いた。
「サイトーか?」
「違う。俺だ」
「パズか」
 ふらりと現れた男はポケットからディスクを取り出すと、ボーマに差し出した。
「例のウイルスとは違うと思うが、解析を頼む」
 その身体から繁華街の裏道特有の香りが漂ってくる。
「分かった。…そうだ、パズ。帰ってきて早々で悪いんだが、頼まれてくれないか?」
「何だ?」
「サイトーに少佐にワクチンのデータを持ってってもらうよう頼んだんだが、サイトーはどうも腰を痛めているようなんだ」
「…それで?」
「サイトー一人で大丈夫だとは思うんだが、届け先が電通の使えない場所なんだ。念のために一緒に行ってやってくれ」
「サイトーは?」
「今、地下駐車場に下りたところだ」
「分かった」
 パズは短く答え、踵を返した。
「パズ」
 その背中を、イシカワは思わず呼び止めていた。
 パズが無言のまま振り向く。
「…サイトーを頼む」
「…あぁ」
 パズは来た時と同じように、足音も立てずに出て行く。
「イシカワ、どうかしたのか?」
「…いや…」
 怪訝そうなボーマの問いかけに、イシカワは言葉を濁した。
 何故パズに声をかけてしまったのか?
 ボーマがサイトーの話をしている時、パズの表情は動かなかった。
 パズが寡黙なのはいつものことだ。だが、あの顔は。
 まるでサイトーの不調の原因を知っていたかのようだった。
(………お前なのか? パズ)
 サイトーのゴーストラインに踏み込んだのは。
 踏み込まれたサイトーも、踏み込んだパズ自身も無事には帰ってはこれない。
 完膚なきまでに傷ついて、共倒れするのがオチだ。
 それでもいいと思ったのか?
「………この馬鹿どもが……」
「? 何か言ったか?」
「いや。何でもねぇよ」
 イシカワは煙草に火を点けると、溜め息を隠すように煙を吐き出した。



Fin







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