トグサのマテバが『守る』ための『武器』ならば。
この男のライフルは『仕留める』ための『武器』だろう。
地下駐車場の入口の喫煙スペースで煙草を吹かしているサイトーを眺めながらパズは思った。
『殺戮』でも『狩り』でもなく。まるで時計がアラームを鳴らすように、機械的に終幕を告げる銃声。
狙撃ライフルのスコープを覗いている時のサイトーは、ゴーストを宿す身でありながら、機械よりも精密な鋼だ。
そこには怒りや憐憫といった感情はいっさいなく、殺戮マシンであるはずのタチコマたちよりも冷徹に見える。
否。『人間』であるからこそ、その瞬間だけは『機械』であろうとするのかもしれない。
パズはサイトーの隣に立つ振りをしながら、袖口からナイフを抜き取った。まるで呼吸をするような自然な動作で、サイトーの頸動脈を狙う。
刃先がサイトーの首に掠る寸前に手首を掴まれ、腹に固いものが押しつけられた。見なくても分かる。サイトーのセブロだ。
「…何の真似だ?」
低く唸る声は殺意を押し殺した獰猛な獣のそれだ。
「飲みに誘おうと思ってな」
しれっと言い放つと、ポーカーフェイスが嫌悪感で若干歪んだ。
「人に刃物を突き付けてか?」
「たまにはこんな刺激も悪くねぇだろう?」
「ふざけるな。阿呆」
サイトーは怒りを滲ませ、パズの腕を乱暴に振りほどいた。
「今度やったら本当に撃つぞ」
「了解」
パズは袖口にナイフを仕舞うと、煙草を咥えて火を点けた。
「で? どうなんだ?」
「何のことだ?」
「飲みに行く話だ。空いてねぇのか?」
「………本気だったのか」
サイトーは溜め息をつくように煙を吐き出した。
「お前は飲みに行くのに、刃物で恐喝するのか?」
「ちょっとした余興だ」
「余興で死ぬつもりか?」
「お前は余興で人を殺すような奴じゃないだろ」
「当たり前だ。お前と一緒にするな」
「それで? 行くのか? 行かないのか?」
サイトーは苛立たしげに煙草を灰皿でもみ消すと、新たな煙草に火を点けた。
≪飲むだけか?≫
≪もちろんその後も≫
≪俺は酒のついでか?≫
≪むしろお前がメインだ≫
≪断る≫
≪何だ。つれないな≫
≪酒や飯でいつでも釣れると思われてんのが腹が立つ≫
≪そいつは心外だ。それとも…≫
煙草を咥えたまま口角を釣り上げる。
≪酒や飯抜きでも、『俺』だから釣れると自惚れていいのか?≫
≪お前とのセックスは嫌いじゃない≫
からかうつもりで送った電通は、意外なほど真面目な返答で返ってきた。
思わぬ虚を突かれた形となり、パズは一瞬だけ絶句した。
≪ただし≫
浮き上がりかけたパズの心を、厳格な声が下へと引きずり下げる。
≪翌朝に響かない程度になら、だ≫
その言葉にパズは思わず吹き出した。
≪笑い事じゃねぇ。ガキみてぇにがっつきやがって。こっちの身にもなってみやがれ≫
≪それなら今度からお前が俺を抱けばいい≫
≪男に盛らなきゃならんほど飢えてねぇ≫
≪俺がお前を『抱く』のと『盛る』のは別物か?≫
≪男同士のセックスなんぞ、マスかくのと変わりねぇだろ≫
相手が女でも男でも、手間暇かけて口説き落とすよりも、自慰で済ます方が手軽でいいということなのだろう。
「明日は早いのか?」
「オヤジと出る」
「そうか」
「また今度誘ってくれ」
「あぁ」
煙草を灰皿に投げ捨てて、サイトーの背中が駐車場出口の扉の向こうに消えた。
たった一言でパズのゴーストを撃ち抜いたように。
サイトーのライフルが『仕留める』ための『武器』ならば。
パズのナイフは『騙し討ち』のための『武器』なのだろう。
誰もジャケットの袖にナイフがあるなんて思ってもいない。だからこそ相手の不意を突くことができる。
しかし、そのネタが明らかになってしまったら。その効果は露と消えてしまう。
たった今、サイトーという極上の獲物を捕り逃してしまったように。
Fin
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