「イシカワ。こいつを頼む」
「おう」
 イシカワはパズから手渡されたディスクをセットすると、ダイブ装置を覗き込んだ。
 イシカワの指先がキーボードを叩き、モニタにデータが映し出される。
「喧嘩でもしたのか?」
 モニタを見つめていると、不意に声をかけられた。
「…そんなに『仲良し』に見えたか?」
 表情を変えることなく、パズは呟くように答えた。
「サイトーはお前を避けてる」
「知っている」
「何をした?」
「覚えがない」
 ダイブ装置を外したイシカワがあからさまに不機嫌な表情を作る。
「どんだけ人でなしなんだ…お前は」
「否定はしない」
 パズの答えに、イシカワは呆れたように溜め息をついた。
「それで? あのまま放っておくのか?」
 イシカワがモニタを切りかえると、共用室のソファに座ってライフルの手入れをしているサイトーが映った。
 その手つきはとても繊細で、見つめる目は捕食者のそれだ。
「…俺はただ待つだけだ」
「待つ? 何を?」
 その時、ダイブルームの扉が開いた。
「お〜い、パズ。行くぞ」
 赤い義眼の大男が、開いた入口からひょっこり顔を覗かせる。
「おう」
 パズはイシカワの肩を軽く叩くと、ボーマと共に部屋を出て行った。
 モニタを見れば、ライフルの整備を終えたサイトーが立ち上がるところだ。
 イシカワはふっと息を吐き出すと、モニタを元の画面に切り替えた。






 深夜。パズがセーフハウスに戻ると、人が待っていた。
「…サイトー」
 サイトーは凭れかかっていたドアから身を起こし、パズの正面に立つ。
「パズ」
「どうした?」
「俺がお前と寝ようと思ったのは、お前に惚れたからじゃない」
 パズは咥えていた煙草を指先でつまむと、ふっと煙を吐き出した。
「知ってるさ」
「お前に興味があった。それだけだ」
「あぁ」
「なのに、お前と寝てみて分かったことは、お前が救い難いロクデナシだってことだけだ」
 随分な物言いに、パズは思わず噴き出しそうになり、慌てて堰き止めた。
「…もう一つ、知ってることがあるだろう?」
「? 何だ?」
 パズは小脇に抱えていた小さな紙袋から中身を取り出し、サイトーの目の前に掲げて見せた。
「『エゴイスト』」
「…あぁ」
 小さな香水の小瓶。
 蓋を開けると、すれ違いざまに鼻腔をくすぐるあの香りがした。
「…女と寝てた訳じゃねぇのか」
「気が乗らなかったからな」
「お前でもそんなことがあるんだな」
「たまにはな」
「そうか」
 サイトーの口元にふっと笑みが浮かんだ。
「それで?」
「お前のことを教えろ。知らないと気分が悪い」
 パズの口角がすっと上がる。
「………それを待っていた」
「あ?」
 訝しげに見つめるサイトーの視線を逸らすように、パズは小瓶を袋にしまった。
「何でもない。何が知りたい?」
「そうだな………まずは、お前のそのナイフのこととか………」
「あぁ、いいよ。ここは冷える。中で話そう、ゆっくりと…」
「ベッドの上は勘弁しろ」
「つれないな」
 パズは煙草を地面に落として踏み消すと、ドアを開けてサイトーを導き入れた。
 二人の背中がドアの中に消え、閉まる瞬間、その隙間から重なり合う二つの影が見えた。



Fin







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