切欠はある違法ソフトの摘発だった。
 ソフトの名前は『Fairy Tale』。子供向けの教育ソフトで、ヴァーチャルな世界に妖精が登場し、子供と一緒に遊び感覚で勉強できるというコンセプトを売りにしていた。
 しかし、そのソフトに繋がった子供の意識が戻らず、そのまま電脳死する事件が相次ぎ、公安九課は捜査に乗り出した。
 開発者の在所を突き止めたトグサ、アズマ、サイトーは家に乗り込み、電脳死している開発者の遺体を発見した。
 開発者が使用していたPCに身代わり防壁をつけたアズマが繋がったのだが。
「ダメだ。データが初期化されてるようだ。何もない」
「何だって?」
 アズマがコードを抜いた後、訝しげにサイトーはそのPCと繋がった。その途端、サイトーの意識はブラックアウトした。
 その時間約5秒。床に膝をついたサイトーが見たものは、奇妙な喚き声を上げるアズマと、火花を散らして黒煙を吹き上げるPCだった。
 その後の検査でサイトーの電脳からウイルスの痕跡は見つかったものの、他に異常は見つけられず、被疑者死亡による書類送検で終わるはずだった事件は思わぬ展開を見せた。
 サイトーが度々意識を失うようになったのだ。
 時も場所も問わない。何が切欠なのかも分からない。本人も気づかぬうちに意識を失う。初めは数秒だった空白時間は、今では一時間以上に増加している。
 もちろん、そんな状態のサイトーを任務につけるわけにもいかず、サイトーは厳重に施錠された鑑識室の奥の部屋になかば監禁状態にされていた。
 何重ものセキュリティを解除し、部屋に入るとベッドの上の男はゆっくりと右目を開けた。その目の下にクマができている。
「…パズ…」
「寝てねぇのか?」
「あぁ」
 無理もない、とパズは思う。
 ターゲットが現れるまでスコープを覗き続け、人並み以上の精神力を要求される狙撃手。しかし、不眠不休にも限度はある。
 しかもサイトーはほぼ生身。体調を維持し続けるには、適度な休息が必要な身体だ。
 それが眠れない。眠ってしまうとそのまま意識が戻らない可能性もある。そう思うとますます眠れない。
 それでもこうして会話を交わせるほどの余裕が残っているのは、サイトーの精神的な忍耐力の強さなのだろう。
「どうした? 何か分かったのか?」
「いや。吸いたいんじゃねぇかと思ってな」
 差し出された煙草を見つめ、サイトーは小さく笑った。
「ここは禁煙だぞ」
「許可はとった」
 嫌な顔をして見せた赤服たちに好物の和菓子を渡し、見逃してもらった。
 そう告げるとサイトーは煙草を受け取り、火を点けて煙を肺の深くまで吸い込んだ。
「…久しぶりだと沁みるな…」
「そうか」
「このまま意識をなくすと焼死するかもな。肉体が焦げる痛みにも気づかずに………」
「おい」
「冗句だ」
「笑えねぇよ」
 他の人間には分からない不機嫌な表情を作ると、パズはサイトーの手から煙草を取り上げ、携帯灰皿に乱暴にねじ込んだ。
「吸わせてくれるんじゃなかったのか?」
「お前は死にたいのか?」
 感情を押し殺したパズの問い掛けに、サイトーは一瞬だけ黙り込んだ。
「………眠りたいだけだ」
「永遠に?」
「まさか」
「………………………………」
「信用しろよ」
 自嘲気味に浮かべた笑みは明らかに疲れ切っている。サイトーの強固な忍耐力もそろそろ限界なのだろう。
「少し眠ったらどうだ?」
「………………」
「俺が繋がっててやる。異変があれば即座に叩き起こしてやるよ」
「………だが」
「いいから少し寝ろ。三時間だけでも眠れれば多少は違う」
 パズは首からQRSプラグを引き出すと、サイトーの目の前に差し出した。
 サイトーはしばらく躊躇していたが、小さく息を吐き出すと、プラグを受け取り自分のジャックに接続した。
「………お前まで一緒に寝るなよ?」
「そこまで間抜けじゃねぇ。お前じゃあるまいし」
「テメェ…目覚めたら覚えとけよ」
 今はどんな言葉も言い返せない。ウイルスに捕まったことも間抜けだが、言い返す気力が殆ど残っていない。
 サイトーは目を瞑ると身体の力を抜いた。あっという間に睡魔がサイトーの意識を攫い、深い穴の中に落下するようにサイトーは眠りに落ちていった。



  



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