(どこだここは…)
 パズは深い森の中に立っていた。
 ここがサイトーの夢の中だということは分かっている。サイトーの意識が投影している夢の中なのだから、サイトーが行ったことのある場所の景色なのだろう。
 ここは森といっても熱帯雨林ではなく針葉樹林。ひんやりとした空気は北欧のそれだ。
(………こんな所でもあいつは戦っていたのか?)
 サイトーがメキシコの義勇軍にいた話は聞いたことがある。しかし、北欧での話は聞いたことはない。
 サイトーとは酒を飲み、身体を重ねるが、昔話をするような間柄ではない。パズの知らないサイトーの昔日があってもおかしくはないのだが。
 しかし、だ。
 ここに来てからパズのゴーストが異変を告げている。ここは異常だと。
 例のウイルスにより落ちているサイトーの意識は真っ暗だと、草薙が言っていた。それとは違うが、ここも『良くない場所』のようだ。
 この世界のどこかにいるサイトーの意識を見つけ出し、現実に連れ戻した方が良さそうだ。
 そう判断したパズは霧が立ち込める森の中を走り出した。



「今度はパズが捕まったって?!」
 鑑識室にトグサの声が木霊する。
 なかなか戻ってこないパズを探してサイトーの部屋を訪れたボーマが見つけたのは、眠っているサイトーと有線状態のまま意識を失っているパズの姿だった。
 調べてみるとパズはサイトーの意識の中にダイブしているようで、繋がっているプラグを外すこともできない。
 そして眠っているサイトーの意識は相変わらず真っ暗な状態で何も見えない。
 とりあえず簡易ベッドを部屋に持ち込み、意識のないパズの身体をそこに横たえた。
「ウイルスに侵されている電脳に、防壁もなく繋がる馬鹿がいるか、普通。何のためにサイトーを隔離したか分からねぇじゃねぇか」
 パズとサイトーの身体に繋げた計器類の画面を見ながら、イシカワは呆れたように呟いた。
「ウイルスに侵されてると言ったって、ただ眠っちまうだけだろ?」
「意識が落ちきった後に暴れだしたらどうする? 子供ならともかく、戦闘経験のある大人だぞ? しかも左腕は義体で出力も違う。自分で自分の身体を壊しかねない」
「被害にあった子供たちが暴れだしたって報告はなかったはずじゃあ…」
「だから念のためだ。どんなウイルスで、どんな作用があるのかまるで分かってないんだ。隔離くらいの予防線は想定すべき問題だろ。それをダメにしやがって」
 イシカワがここまで怒るのは、サイトーとパズを心配してのことだとトグサにも分かっている。そして、何もできない自分自身に苛立っていることも。
「でも、俺が繋がった時には、本当にあのパソコンにはデータも何も入ってなかったんだ」
 苛立たしげに煙草をふかすイシカワの後ろで、アズマが身を縮めていた。
「分かってる。お前の電脳や記憶からも、それは確認済みだ」
「………ダメね」
 パズと有線で繋がっていた草薙はプラグを外すと、深く溜め息をついた。
「パズの意識は見つからない。恐らくサイトーの意識の中だ」
「サイトーの中はやっぱり真っ暗か?」
「えぇ。何も見えないし、感じないわ。まるで自分自身の質量もなくなってしまったかのよう」
「少佐。それはサイトーの意識が闇に飲まれてしまったということですか?」
「分からない。けれどサイトーの脳波は生きている。パズのもだ。闇は恐らくウイルス自体の目くらまし。防壁の一種だろう」
「ウイルス自体の?」
「えぇ。外側からは破れないのかもしれない。破れるとしたら内側からだ」
「………パズは破りに行ったということですか?」
「いくら『潜入』が得意だからって、他人の電脳内までそれは通用しねぇだろ」
 パズが何を思ってサイトーと繋がったのか、残された人間たちには分からない。
 しかし、今はそのパズだけが頼りだ。
「祈るしかないわね」
 珍しく弱気な言葉が草薙の口から零れ落ちる。
 だが、誰も何も言えず、無言のまま変動するセンサーのパネルを見つめていた。



  



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