温かい『雨』が頭上から降り注ぐ。
 男二人で入るには狭すぎるバスルームで、サイトーとパズは抱き合うように身を寄せ合ってシャワーを浴びていた。
 狙撃ライフルの引き金を引く指が、雫を追うようにパズの頬を撫でる。
「何だ?」
「今日のお前はずいぶんと饒舌だな」
「たまにはな」
「溜まってたのはお前の方じゃねぇのか?」
「さぁな」
 嘯くパズの表情は、サイトー以上に変らない。
 だが、内に秘めたものを吐き出すには、あの凄惨な現場に居合わせた者でなければ受け止めきれない。だからパズはサイトーを選んだのだろう。
「うるせぇと思うなら黙らせてみろ」
「あぁ。そうする」
 サイトーは自らの唇でパズの口を塞いだ。









 トグサが重傷を負い、サイトーとパズの救援が間に合わず、草薙が左腕を失い、今来栖が殺された雨の日。
 あの最悪の日から、否、それよりもずっと前から始まっていた9課崩壊の日を、本能は感じ取っていたのかもしれない。
 死別ならば諦められる。しかし離別ならば。生きて再び会える可能性がある以上、その影を追い続けてしまう。
 だからゴーストは、子孫よりも消えない傷痕を残すことを選んだのだろう。









 名より実を取った9課にトグサも合流し、また同じような日常が戻った。
 しかし、海坊主による殲滅戦で所在が突き止められたセーフハウスは使えなくなってしまった。すべて処分し、新しく確保するしか他に方法はない。
 家具ごと処分するつもりでセーフハウスに行ってみると、ソファにカビが生えていた。
 最悪の事態を想定して緊急用に確保しただけの部屋なので、使用頻度はかなり低い。だからカビのコロニーが発生していてもおかしくはないのだが。
「ちっ」
 サイトーは忌々しげに舌打ちすると、クローゼットから取り出したタオルを洗面所で水に浸した。
 それにしても。長く使っていなかったとはいえ、あんなに簡単にカビが生えるものだろうか。
 カビも生き物であり、栄養分がなければ生きられない。
(………あそこで何か零したか?)
 サイトーは電脳内の記憶を探る。
 最後にここを使ったのは確か2ヶ月前。パズと飲みに行った帰りに雨に降られて駆け込んだ。
(あぁ………そうだ)
 濡れてしまった服を脱ぐついでに、なし崩しであいつと寝たんだっけ…。
 つまりこのカビは、サイトーとパズの体液を養分にして発生したのだろう。
「ちっ」
 濡らしたタオルでゴシゴシと擦る。
 表面は綺麗になっても、奥深くまではった根は取り去れない。
「くそ…!」
 アームスーツに踏みつけられた草薙の姿を目にし、気づかぬうちにのぼせ上がってしまったのだろう。
 今から思えば、パズを相手に無様な姿を晒してしまったものだ。
 いっそ焼き捨ててしまいたい。このソファもあの日の記憶も。
 しかし、焼き捨てたところで消えはしない。
 サイトーのゴーストの奥深くにはった『パズ』という名の根は。
「…最悪だ」
 サイトーはこのセーフハウスを即刻処分し、カビの生えたソファは焼却処分した。



「このソファ、合皮か? 触り心地があまり良くねぇな」
「カビが生えなきゃいいんだ」
 サイトーが新しく確保したセーフハウスを訪れたパズはそれ以上何も言わず、サイトーの身体をソファに押し倒した。



Fin






斉藤鷹を様からのリクエスト/『多分、最悪の日』ver.SAC#21
リクエストありがとうございました。





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