空は繋がっているから



 夕闇に沈みかけている海岸線を車で走る。空は紫と朱色が入り混じり、街の明かりよりも微かな星の光が所々で瞬いている。
 最近のサイトーは独りで酒を飲み、名も知らぬ相手とポーカーを興じ、独りでベッドで眠る。そんな夜を過ごしていた。
 それというのも、課長や少佐、そしてパズが出張で海外に出ているからだ。
 代行としてイシカワが指揮を執っている九課は比較的平和で、シフト外の任務が発生することもなく、サイトーは大体定時に上がることができた。
 つかの間の平和に感謝しつつも、どこか物足らないものを感じてしまうのは、平時には生きられない兵士の本能だろうか。
 下らない余計なことを延々と考え込みそうになり、サイトーは慌てて妄想を振り払った。
 考え込むのはサイトーの良くない癖だ。
 日頃からよく人にそう言われるし、自分でも分かっている。
 だがそれは、元来生真面目なサイトーの性分から発生していることなので、どうにもならない。こんな時は酒で流してしまうのが常だった。
 今日行く予定のセーフハウスには大した酒は置いていない。近くの酒屋を検索しようとネットに繋がると、思わぬ人物からの電通が飛び込んできた。
≪サイトー。今、話せるか?≫
 課長、少佐と一緒に海外に行っているパズからの電通だった。
≪あぁ。こっちは大丈夫だが。お前の方が大丈夫なのか?≫
≪あぁ。問題ない≫
 海外からの通信はどこに枝が付けられているか分からない。迂闊に繋がることはとても危険だ。
 そんな状況下でパズが電通を送ってくるということは、何か緊急事態が発生したのだろうか。
≪どうした? 何かあったのか?≫
≪いや。何もない≫
≪じゃあ何の用だ?≫
≪サイトー。今どこにいる?≫
≪海岸線を車で走ってるところだ≫
≪今すぐお前を抱きたいと言ったらどうする?≫
 サイトーは思わず急ブレーキをかけそうになり、危うく踏みとどまった。
≪お前…電脳チェックしてもらえ≫
≪チェックするまでもなく、極めて正常だ。解析データ見るか?≫
≪いらん≫
≪で、どうなんだ?≫
≪そっちに女はいないのか?≫
≪一人だけいるな。おっかないのが≫
 その怖さはサイトーの左目と左腕がよく覚えている。あの女(ひと)を抱こうという勇気がある命知らずの男(バカ)はこの世でただ一人。サイトーもパズも知っているレンジャー部隊出身の大男だけだ。
≪他を当れ≫
≪その『他』を今当ってるところだ≫
≪それが俺、か?≫
≪そうだ≫
≪俺は地球の裏側にいるんだぞ?≫
≪電脳セックスなら肉体(ボディ)の位置は関係ない≫
≪そこまでしてしたいか?≫
≪あぁ≫
 女に事欠くことのないパズでも、仕事の出先で女を漁る訳にもいかないのだろう。
 とはいえ、サイトーがそれに付き合ってやる義理はない。
≪パズ。悪いが…≫
≪お前の首筋を舐めて、噛み付いてやりたい≫
≪おい…!≫
≪ツンと立った乳首を舌で転がしながら、お前のイチモツを扱いてイかせてやりたい≫
≪待て…!≫
≪熱く解けたお前の中をかき回して…≫
≪パズ! いい加減にしろ!!!≫
 まるで性質の悪い悪戯電話だ。ひどく精神力を消耗する。サイトーは車を路肩に寄せて止めると、大きく息を吐き出した。
≪どこの変態だ、お前は。俺を事故らせたいのか≫
≪心外だな。俺が今考えていることを率直に伝えただけだ≫
≪馬鹿。それが変態だっていうんだ≫
≪お前に触れたいと思うことがか?≫
≪………………俺は男だ。女じゃねぇ≫
≪知っている。だが俺が今触れたいのはお前だ。サイトー≫
 電脳の画面の中のパズの表情は変らない。聞こえてくる声は電脳の中で合成された電子音で、パズの肉声ではない。
 パズがいるのは地球の裏側で、ここにはいない。
 ここに在るのはパズが吐いた言葉のログ・テータだけなのに、まるで直接触れられたかのような感触が肌に疼く。
「………畜生………」
 外から中が見えないように窓に映像カーテンを張り巡らせると、サイトーはシートベルトを外し、シートを軽く倒した。
≪分かった。少しだけなら付き合ってやる≫
≪…サイトー≫
≪その代わり、帰ってきたら酒奢れよ≫
≪了解≫
 サイトーはプラグを車の端末に接続すると、目を閉じた。







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