銃とナイフ 5 -Sublimation-



 久しぶりに女を抱いた。
 何のことはない。ポーカーで思った以上の収入を得ることができたので買っただけだ。
 結果から言えば大して良くはなかったが、そんなに悪くもなかった。
(まぁ…こんなもんだろうな…)
 すっかり暗くなった夜道を歩きながら、サイトーは煙草の煙を吐き出した。



 じっと見つめる視線を感じて、パズはグラスを持つ手を止めた。
「…サイトー。俺の顔に何かついてるか?」
 パズの台詞に、サイトーはパズの顔を凝視していたことにやっと気づいたらしく、バツが悪そうに顔を背けた。
「…すまん」
「別に構わん。お前に見惚れられるのは光栄だ」
「別に見惚れてた訳じゃねぇ」
「じゃあ何だ?」
 言いたいことがあるのならばはっきり言え、とパズの細い目が語っている。そしてそれはサイトーに拒否を許してはいなかった。
「………パズ。お前、男との経験はどれだけある?」
「嫉妬か? らしくねぇな」
「そんなんじゃねぇよ」
 酒の力を借りないと言葉にできないらしく、サイトーはグラスの酒を一気に煽った。
「お前は女と寝た話はするが、男と寝た話はしない。だが、お前は明らかに慣れてる。その………男との行為に」
「俺が女と寝るのはいいが、お前以外の男と寝るのは気に障るってか?」
「だから、そんなんじゃねぇって。別にお前が誰と寝ようと構わない。そいつに口出すほど野暮じゃねぇし、第一俺達はそんな間柄じゃねぇはずだ」
「………話が見えないな」
 パズはサイトーの空いたグラスに酒を注いでやると、サイトーは一気に飲み干しかけ、途中で止めてグラスをテーブルに置いた。
 そして、じっとパズの顔を凝視し、再び視線を逸らした。
「酔ってるのか? サイトー」
「そうかもしれん」
 らしくないことをしている自覚はあるようで、サイトーは頭を抱えるように自分の頭を掻き毟った。
「言いたいことがあるなら言っておけ。今なら酒のせいにしておいてやる」
 パズは自分のグラスにも酒を注ぐと、ツマミとして置いておいたチーズを口に放り込んだ。
「………どこで覚えた?」
 長い間をおいて、サイトーは俯いたまま、ぼそっと呟くようにいった。
「何をだ?」
≪男の抱き方≫
 パズと視線を合わせられないのか、サイトーはテーブルに突っ伏してしまっている。
 パズは喉を湿らすように酒を一口飲み干すと、グラスをテーブルに置いた。
「…お前は俺が男と寝たことがないと言っても信じねぇだろうな」
「あ?」
 パズの言葉にサイトーは顔を上げた。その目元がアルコールの作用でほんのり赤く染まっている。
「もちろん知識はあった。ネットに繋がれば大概の情報は手に入る。だが知るのと体験することはまったく別物だ」
「その辺は前にも聞いた。だが、知識として知ってるだけってレベルじゃねぇだろ。お前のは」
「お前だって娼婦と寝たことくらいあるだろ?」
「そりゃ…まぁな」
「あの手の商売女は男を悦ばせるテクに長けてる。俺は女にしてもらったことを、そのままお前に応用してみせただけだ」
「…何?」
「義体と生身の違いはあっても、同じ男の身体だ。どこをどうすればどう感じるかくらいは分かる。それさえ分かれば男と女のセックスに大した違いはない」
 サイトーは呆れたようにぽかーんと口を開けた。
「お前………本当にそれだけか?」
「お前が信じようと信じまいと、それが真実だ」
 サイトーはグラスを傾けるパズの顔を凝視していたが、何かを振り切るように頭を振った。
「…ますます分からん」
「何がだ?」
「お前っていう男がだ。お前の言葉が真実なら、お前は今まで女としか寝たことがなかったんだろ?」
「そうだな」
「それが何で俺と寝ようなんて発想が湧くんだ?」
「サイトーという男に興味があった。それだけだ」
「それだけって…お前」
「逆に聞く。お前はどうして俺と寝ようと思った?」
「………それは」
「俺に興味があった。それだけだろう?」
 パズの言うとおりだ。パズという寡黙な男に興味が湧いた。
 初めから身体を重ねたいと思っていた訳ではない。具体的な何かを知りたかった訳でもない。
 ただ一歩この男の内面に踏み込んでみたかった。そこが『グラウンド・ゼロ』と称されるような危険地帯だったとしても。
 そう。ただそれだけだ。
「俺も同じなんだよ、サイトー。お前を知りたいと思った。その手段としてセックスを選んだのは、一番手馴れてて手っ取り早かったからだ」
 セックスは相手が隠している本性を暴きだす。酒でも剥がれないサイトーのポーカーフェイスを剥がすには、多少乱暴でも抱く以外に手段はなかった。
 サイトーは深く溜め息をつくように、酒臭い息を大きく吐き出した。
「…このコマシ野郎…」
「俺と寝るのが嫌になったか?」
「………………………」
「なるほど。逆か」
「何も言ってねぇ」
「俺とのセックスが良すぎて、女を抱いてもつまらなくなったか?」
「………っ!」
「…冗句で言ったのに、まさか図星か?」
「…うるせぇよ」
 パズは素早くサイトーの手からグラスを取り上げた。
「おい!」
「それ以上飲むな。勃たなくなる」
「寝るとは言ってねぇ」
「今言ってやる。抱かせろ、サイトー。その女が満足させられなかった分も併せて、俺がお前を満たしてやるよ」
「………お前はズルイ男だな」
 パズは小さく笑うと、サイトーの腕を取りバスルームへ引きずっていった。







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