「…サイトー。機嫌をなおせ」
シーツとの摩擦で擦り切れ、再出血した擦り傷に薬を塗ってもらっているサイトーの機嫌はすこぶる悪い。
何しろ、コンドームを付け忘れたパズに所謂「中出し」をされ、バスルームで筆舌にしがたい屈辱的な行為を受ける羽目に陥ってしまったからだ。
後処理をしっかりやらないと、翌日の体調に支障が出るのは分かっている、だからと言って甘受できるものではない。
「ほら。終わったぞ」
傷口にカットバンを貼り直すと、パズはサイトーの腕を放した。救急セットをまとめてサイド・テーブルに置こうとすると、その手をサイトーが掴んで止めた。
「何だ?」
「それを貸せ」
「まだどこかに傷があるのか?」
「俺じゃねぇ。お前だ」
「?」
「ほら、ここ」
サイトーが指差したのは、サイトーが絶頂に達した瞬間、パズの腕に残した引っかき傷だ。
「薬が必要な傷じゃない。皮膚を貼り替えればそれで済む」
「そんなことは分かってる。いいからそれを貸せ」
サイトーはパズの手から救急セットを奪い取ると、傷薬を取り出し、パズの腕をとった。
「パズ。感覚器官を切るなよ」
「あ? あぁ」
別に塩を塗り込められる訳ではない。傷薬程度の痛みなら、感覚を切らなくても耐えられる。
チューブから捻り出した薬をサイトーが塗りつける瞬間は確かに痛んだが、だがそれだけだ。
「痛むか?」
「少しな」
表情が変わらないパズの顔をサイトーがじっと睨みつける。
「嘘じゃない」
「ならいい」
サイトーは同じようにパズの傷口にもカットバンを貼ると、パズの腕を放した。
「…ったく。金輪際ご免だ」
「分かってる。悪かった」
「いいや。分かってねぇよ」
「分かったって言ってんだろ」
「分かってねぇよ」
「サイ…」
「俺が言ってんのは、死にそうな目にあうのはご免だって言ってんだ」
パズの言葉を遮るように、サイトーは一気に言葉を吐き出した。
「いいか、パズ。俺は死んでねぇ。だからな…」
サイトーは一旦ここで言葉を切ると、わざとらしく咳払いをした。
「ゴム付け忘れるほど慌てるな。馬鹿が」
そんなサイトーの台詞に、パズは呆気にとられてぽかんと口を開けた。
そして俯き、肩を小刻みに揺らし、ベッドに転がって笑いだした。
「笑いごとじゃねぇ」
不機嫌なサイトーの声にもパズの発作は止まりそうもない。
「おい! パズ! いい加減にしろ!」
サイトーが枕を投げつけても、パズはまだ笑い転げている。
「パズ!」
再び枕を掴んで投げつけようと掲げると、不意に起き上がったパズはその腕を掴みサイトーの身体をベッドに押し倒した。
大きくベッドが揺れ、救急セットが音を立ててベッドの下に滑り落ちる。
「お前…気づいてたんだな」
サイトーの瞳を覗きこむパズの表情は、さっきとはうって変わって真剣そのものだ。
「気づかないと思ったのか。阿呆」
「そうだな。お前はそんなに鈍くねぇよな」
「当たり前だ。馬鹿にするな」
「すまなかった」
「分かればいい」
パズはサイトーを抱きしめると、胸に顔を埋めた。
「…今夜は眠りたくねぇな」
「寝てる間に俺が死ぬとでも?」
「違う。生きてるお前を抱きしめる時間が惜しい」
「…好きにしろ。俺は疲れた。先に寝るぞ」
サイトーは胸の上のパズの頭を軽く撫でると、光源から庇うように目を腕で覆った。
パズは一旦身を起こすと、部屋の電気を消し、再びサイトーの胸に顔を埋めた。そのパズの頭をサイトーの腕が抱きしめる。
サイトーの呼吸と心音が心地よくパズの耳に届いた。
≪
P×S menu(R18)へ/
text menuへ/
topへ