銃とナイフ 8 -Silent Voice-



 胸糞悪い任務をこなした後、サイトーは行きつけのバーに飲みに行った。
 黙ってグラスを傾けるその隣にはパズがいる。誘った覚えはないのに、この男はこの場所があたかも自分の場所課のように、サイトーの隣にちゃっかりと座っている。
 同僚ではあるが、特にこれといった共有の話題がある訳でもなく、またサイトーもパズも普段から口数が多い方ではない。煙草を吹かしながら、ただ黙って酒を飲んだ。
 そうして気がつけばパズの隣に見知らぬ女が座っていた。いつからいたのか全く分からない。サイトーには聞きとれない小さな声で、時折会話を交わしている。
 まるで虫を呼び込む光のようだ。サイトーはそう思った。
 このままホテルにでも連れ込むつもりでいるのだろう。邪魔をする気はさらさらないので、サイトーはパズには声もかけずに、カウンターに金を置いて店を出た。



「…着いたぞ。サイトー」
 肩に担いでいた生身の身体をベッドに下ろすと、サイトーは低く唸った。
 カウンターに金を置き、席を立ち去るサイトーの足元がふらついているのを、パズは見逃さなかった。縋りつく女の腕を振りほどき、サイトーの後を追いかけると、サイトーはちょうどタクシーに乗り込むところだった。自分も無理やり乗り込むと、サイトーは少しだけ驚いたような顔をして見せたが、結局何も言わなかった。
 着いた場所はパズもよく知っているサイトーのセーフハウスのそばで、タクシーから降りた途端、サイトーは膝から落ちるように崩れかけ、パズは慌ててサイトーの身体を支えた。
「おい! どうした?!」
「…あぁ…すまん…」
 サイトーの呂律が覚束ない。それでパズはやっとサイトーが泥酔していることに気がついたのだ。鉄壁のポーカーフェイスは酒の酔いすらも隠してしまうらしい。
 サイトーはまともに歩くこともできないようで、パズはサイトーの身体を肩に担ぎ上げ、この部屋まで連れてきた。この部屋ならばパズもよく知っている。以前、セキュリティ情報を書き換えて、自分も使えるようにした部屋だ。サイトーには「巣を作るな」と怒られたが、追い出される気配はないのでそのまま使用している。
 ベッドに伸びているサイトーの顔は、電灯の下で見てみれば確かに赤い。バーの店内やタクシーの車内は暗く、サイトーの顔色までは気付けなかった。また、バーでは隣の女に気を取られ、サイトーの飲むペースにまで気が回らなかった。
 サイトーは決して酒に弱くはない。だがしかし、酔わない訳ではない。義体化しているパズとは違い、生身のサイトーは体内プラントで瞬時にアルコールを分解したりすることはできないのだから。
 普段は潰れるほど飲むことがないサイトーが酔いたくなる気持ちはパズには分かる。
 今日の任務でサイトーは子供を撃ったのだ。
 電脳をハッキングされ、爆弾を抱えた子供の腕を撃ち、その右腕をもぎ取った。
 命に別状はないが、右腕は義体化せざるを得ない。成長に合わせて付けかえる必要があり、費用もかさむ。リハビリも子供にはつらいものだろう。
 何よりも狙撃された恐怖は一生消えない。ゴーストの傷は癒えることはない。
 すべてはテロリストの非業の所為であり、サイトーが責を負うものではないのだが、それでもやはり後味は良くはない。
 9課で唯一の子持ちであるトグサですらも怒りを通り越し、終始無言のまま本部を出て行った。
 命令が下れば、それが何であろうとも撃つのが狙撃手の役目。脳で理解はしていても、ゴーストが疼く。サイトーは一人の人間であって、非情にはなれても、機械にはなれない。
 だが、そんなことは日常茶飯事で、いつまでも引きずっている訳にもいかない。手っ取り早く忘れてしまうには、酒で流すのが一番だ。
 サイトーは、今夜はいつも以上に飲むことを予想していたし、それで誰かに迷惑をかけるつもりはまったくなかった。だから誰も誘わず、独りで飲みに出た。
 しかし、そんなサイトーの心情を見計らったかのようにパズが来て、そして何も言わずにサイトーに手を差し伸べる。
 お節介な奴だ思いつつも、その手がありがたかった。
「サイトー。水飲むか?」
 部屋の電灯をバックに覗き込むパズの表情は暗くてよく見えない。意識が朦朧として、サイトーは肯定とも否定ともつかない返事を返した。
 そんなサイトーの答えをどう受け止めたのか、パズはベッドから離れた。否、離れようとして、踏みとどまった。
「…サイトー?」
 サイトーの左手が、パズのジャケットの裾を掴んでいる。
 サイトーはとろんとした目つきでパズの顔を眺め、その視線をゆっくりと下に下ろしていき、やがて裾を掴んでいる自分の左手をじっと見つめた。
「………すまん」
 やっと自分のしたことに気がついたのか、サイトーは裾を放した。その手が力なく、ストンとベッドの端に落ちる。
 パズはベッドの端に腰を下ろすと、サイトーの頬に手を伸ばした。
「どうした?」
 頬を撫でるパズの手を力なく握るが、言葉を探しているのか返事をしない。
「サイトー?」
「…パズ…」
「何だ?」
「………………………」
 音にならない声を、サイトーの唇が形作る。
 パズはその唇を自分の唇でそっと塞いだ。







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