「サイトー」
耳が痛くなるほどの静寂の中に、草薙の声が響いた。
「あなたが撃ちたいのは的じゃなく、私じゃないの?」
サイトーは再び視線を草薙に向けた。
「………俺が………少佐を?」
この手の中の銃を草薙に向けて撃てば、草薙は死ぬのだろうか?
あの雨のメキシコでの決着がつけられるのだろうか?
何のために?
また、何ゆえに?
そして、誰のために?
サイトーは視線を戻し、空になった弾倉を落とすと新たな弾倉を装填した。
「………少佐。九課は変っただろう?」
その声は静かに草薙の耳に届いた。
「…えぇ。そうね」
「バトーも変った。トグサも課長も…他のみんなも。…多分、俺も変ったのだろう。自覚はねぇが…」
「………………………」
「この世に変らねぇものなんか何もねぇ。この二年間で少佐も変ったんだろう。どう変ったのかは分からねぇが…な」
「そうね。多分、同じようでもどこか変ったと思うわ」
「その変化がいい方向なら、何も言うことはねぇ。だが悪い方向ならば………」
狙撃手の瞳が、赤い機械の瞳を射抜く。
「俺が少佐を撃つとしたら、その時だけだろう」
サイトーの放った弾丸が草薙の脳殻を打ち砕くのか。
草薙の反撃がサイトーの鼓動を止めるのか。
それが二人を別つ最後の時となる。
「…サイトー。あなたは変ってないわ」
草薙はゆったりと微笑を浮かべた。
「それは進歩がないってことか?」
「いいえ。時の変化の中に変らぬものを見出し、安堵する瞬間だってあるでしょう?」
「古き良き時代へのノスタルジーか? そういうのはバトーの得意分野だろう」
「そうね」
草薙は凭れていた手すりから身を起こすと、真っ直ぐにサイトーを見下ろした。
「ブリーフィングを行う。五分後に課長室へ来い」
「了解」
手の中のセブロのセイフティをかける。
姿を消した草薙の後を追うように、サイトーも射撃訓練場を後にした。
Fin
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