「トリガーハッピー?」
上官から発せられた言葉に、サイトーは露骨に嫌な顔をした。
「冗談よ」
「笑えねぇよ」
吐き捨ててしまいたいが、相手は曲がりなりにもサイトーの上官で。
サイトーは無性に煙草が吸いたくなった。だが、鑑識中の室内での喫煙は当然ながら許されていない。
「両膝を撃って上体を床に近づけ、続けて肩と膝を撃って腕の動きを止めた上で、脳殻、心臓と急所を狙撃する。いい腕だと思ってるわよ?」
サイトーが撃ったのはある国会議員の妻になる予定だった女で、わざと国会議員に近付き、プロポーズを受け、結婚式当日にブーケに仕込んだ爆薬で議員もろとも自爆しようとしていた。
9課が女の素性を暴いたのは、女が議員とともに控室を出る直前。
控室に飛び込んできた草薙とサイトーを見た女はその場で自爆しようと試みた。
起爆スイッチは赤いバラのブーケの中にあり、ブーケを抱き締めることによって起爆する。
床に落ちても起爆する恐れがあったため、床までの落下距離を短くするためにまず膝を撃って上体を崩し、続いて腕の動きを止めるために肩と肘を撃った。
そうすれば爆薬は爆発しない。理性では分かっている。もう撃つ必要はないのだと。これ以上撃てば過剰殺戮になるのだと。
しかし、サイトーは撃つのを止められなかった。
笑っていたのだ。
何発撃ち込んでも、女は最後まで笑うのを止めなかった。
恐怖。
女の怖さというものをサイトーは照準越しに見てしまった。
だからその微笑みが消えるまで撃ち続ける以外に、恐怖から逃れる方法は見当たらなかった。
「………女ってのは怖いな」
サイトーは思わず呟き、背中を伝う冷たい汗にブルリと身を震わせた。
「それが原因?」
「…否定はしない」
「彼女が結婚してまで復讐を果たそうとしたから?」
結婚式で使用されるブーケの花は白を基調としている。
女が赤いバラのブーケにしたのは、その後に展開されるであろう惨劇を暗示したものだった。
そのバラと同じ色の赤い瞳がサイトーの目を覗きこむ。
「彼女が私と同じ汎用義体を使用していたから?」
「そいつは否定しておく」
「違うの?」
「女は確かに最後まで笑っていた。だが少佐の微笑みはその数倍は怖い」
「随分ねぇ」
言葉の表面で詰りながらも、草薙は愉しそうだ。
何しろこの女はサイトーの左手と左目を奪っていった人間なのだから。
「それにしても、ここにいるだけで匂いが移りそうね」
草薙は少し柳眉を顰めた。
サイトーと草薙、そして鑑識たちがいる控室は芳香に満たされていた。
女が流した血の匂い。
サイトーが撃った銃の硝煙の匂い。
そして、最後まで女が握りしめていた香水の香り。
香水は議員によって自殺に追い込まれた女の恋人が最後に贈ったプレゼントだった。
サイトーの放った銃弾がかすって瓶にひびが入り、床に落ちて砕けた。
香水は床に広がった血と混じり、例えようもない芳香を放っている。
赤く染まったドレスの上に散る赤いバラの花びら。
赤い血だまりの上に眠る女は、額に穴をあけたまま、やはり笑っていた。
「脳のある部分を撃つと表情筋が作用して、その死に顔は笑ってるように見えるらしいわよ」
サイトーの考えを読んだように、草薙が呟いた。
「…これはそんなんじゃねぇだろう」
「そうね。ウェディングドレスを着て愛する人の元に逝けたことが嬉しいんじゃないかしら」
草薙が微笑む。
同じ義体でありながら、その笑顔はまるで似つかない。
「やっぱりあんたの笑顔の方が数段怖いな」
「…私のことも撃ち殺してみる?」
「遠慮する。後が怖い」
「行くわよ、サイトー」
「了解」
こうして、二人は死が充満する部屋から脱出した。
その身に血とバラと硝煙の香りをまといながら。
Fin
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