パズに習い、左手で作ったブリッジの上にキューを宛がい、スタンスをとる。
「…右で撞くのか?」
すると意外そうな呟きが背後から聞こえた。
「? おかしいか?」
「お前は左利きだろう?」
草薙の部下になるまで、サイトーの利き腕は左だった。
左腕を義体化した現在は、サイトーの利き腕は右だ。しかし、パズの言うとおり左でも撃てないことはない。
「左手で制御ソフト使った方が上手に撞けるだろ?」
「さっきのは自動(オート)だったのか?」
「いいや」
「なら馬鹿なこと聞くなよ」
サイトーはムッとしたように答え、ショットした。緑色の盤面に球が飛び散る。
「………難しいポジションだな」
パズが面白そうに呟く声にあえて聞こえない振りをして、サイトーは手球に向き合った。
パズが言うとおり、1番の球が5番の球の影に隠れて、手球の位置からまっすぐに撞けない。この位置から1番に当てるためには、一度壁にクッションさせる必要がある。
「………ビリヤードは純粋な物理学のゲームだ。制御ソフトを使えば簡単にクリアできる」
「そんなことしてまで勝って楽しいのか?」
「そういう意味じゃねぇよ。狙撃と似てると言っただろ? 力をいかに制御するか、そこがビリヤードの醍醐味だ。お前ならできるよ」
パズはグラスを壁際のテーブルに置くと、サイトーの背後に回った。
「繋ぐぞ?」
そして首の後ろからプラグを引き出すと、サイトーに繋いだ。
サイトーはパズの制御に身を任せ、キューを構えてスタンスを取る。
ショットした球は壁で跳ね返り、1番の球に当たりはしたが、球はポケットの端に跳ね返って止まった。
「………入らねぇぞ」
「…生身の制御は思った以上に難しいな」
パズはサイトーからプラグを引き抜くと軽く肩をすくめた。
「少佐はトグサの身体をよくも簡単に操れるもんだ」
「誰と比べてんだ。相手は屈指の義体使いだぞ?」
「トグサは生身じゃねぇか」
「お前と少佐じゃ、経験値が違うだろ」
サイトーの言葉に、パズはもう一度肩をすくめた。
「お前の狙撃も、生身をよくあそこまで制御できるもんだ」
「血を吐くほど訓練したからな」
「いっそ義体化して、制御ソフト入れた方が楽だろうに」
「確かにその方が楽だろうな」
サイトーは広げた左手に視線を落とした。
「狙撃は機械のような精密な動きを要求される。だが、何と言うか………『機械』になりすぎるものダメなんだ」
「?」
「一分の隙もなく、『アソビ』がない」
「あぁ」
「多少の余裕は残しておかないと、リカバリーが難しくなる」
「だからライフルも手動のボトル・アクションなのか?」
「別にそういう訳じゃねぇが………」
「オートマなら少佐に勝てたと思わないのか?」
パズの言葉にサイトーは沈黙した。
時が止まったかのような静寂の果てに、サイトーは長く息を吐き出すように口を開いた。
「あの話は嘘だと言っただろう」
サイトーの答えに、パズはやはり肩をすくめるしかなかった。
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