下手なお手本でもサイトーはコツを掴んだらしく、ややぎこちない動作ながらも球をポケットに落とせるようになった。
「次は本番な」
球をラックして、手球をヘッド・ポイントにセットする。
「本来ならバンキングで順番を決めるところだが、今回はお前が先でいいよ」
「何を賭けるんだ?」
「乗るのか?」
「賭けるものによる。酒か、飯か…」
パズはじっとサイトーの顔を見つめている。それに気づいたサイトーは呆れたように溜め息をついた。
「………抱かせろ、か?」
「どうせ賭けるなら、景品は豪華な方がいい」
「お前の電脳はそういう発想しか沸かないのか?」
「目配せすれば付いてくる女と違って、お前を口説くには手間が掛かるからな」
今夜はボーマではなく、サイトーを誘った本当に理由に思い至り、サイトーはまんまとパズの罠に嵌ってしまったことを自覚した。
「…女は自動(オート)か?」
「少なくとも手動(マニュアル)で口説いたことはねぇな」
「このコマシが………」
「で? 乗るのか?」
「俺が勝ったら?」
「好きなもん食わせてやるよ」
「分かった」
「それは賭けに乗るって解釈でいいんだな?」
「あぁ」
パズが台から一歩離れたことを確認すると、サイトーはキューを構えた。そして、勢いよく手球を撞く。
軽快な音を立てて球が散り、9番のボールがポケットへと吸い込まれていった。
「…ズリィ…」
パズは思うわず呻き、咥えていたタバコがポロリと落ちた。
ダイヤモンド・カッター。
ブレイク・ショットで9番のボールをポケットするテクニックだ。
「俺の勝ちだな」
キューを肩に担いだサイトーの表情はいつもと変わらない。
「今のは自動(オート)か?」
「俺は狙撃にも自動(オート)は使わない」
例え制御ソフトを使用していたのだとしても。
それが『ビギナーズ・ラック』と呼ばれるものだったとしても。
この賭けに勝ったのはサイトーだ。それは揺るぎようがない事実。
「なぁ、パズ。前から聞きたいことがあったんだが」
「何だ?」
「俺の身体の対価は酒とか飯とかそんな安易なものなのか?」
サイトーの右目が射抜くようにパズの細い目を見つめている。
パズも目を細めてサイトーの目を見つめ返すと、足元に落ちたタバコを踏み消した。
「…『俺』、ならどうだ?」
「楽しませてくれるなら、乗ってやってもいい」
「退屈させたりしねぇよ」
「どうかな? 俺に取扱説明書(マニュアル)はねぇぞ?」
「知ってるさ」
ボールを片付けて、グラスをトレーに乗せる。
「まずは美味い酒と料理を。その後は…着いてからの『お楽しみ』、だ」
サイトーを促して外に出ると、パズは個室のドアを閉めた。
Fin
≪ ≫おまけ
久保ミミ様からの5555Hitリクエスト/『ビリヤードをするパズサイ』
リクエストありがとうございました。
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