「ウイルス発動フラグは『自殺願望』だ。死亡した子供たちは皆、学校でいじめを受けていた子供たちだ」
「それって…! サイトーが死にたがってるってこと?」
「あいつは死ぬ間際ギリギリのスリルを愉しむ悪い趣味はあるが、自殺願望はねぇだろう。死にたがりにバックスを任せるような少佐じゃねぇよ」
あの後、サイトーは無事に意識を取り戻し、それと同時にパズも帰ってきた。サイトーを侵していたウイルス・プログラムをパッケージして。
パズが持ち帰ったプログラムを元に作成されたワクチンの効果によって、サイトーの意識が落ちることはなくなった。
「どうしてサイトーがアレに引っかかったのかは不明だが、『死にたい』って願望にウイルスが発動するのは確かだ」
イシカワは溜め息をつくように煙草の煙を吐き出した。
「開発者は自分の容姿にひどいコンプレックスを持っていたらしい。外に出ることなく、引き篭もりの状態だったようだからな。そんな時、開発したソフト『Fairy Tale』がヒットした」
「思わぬ大金を手にした引き篭もり君は、長年のコンプレックスだった容姿を変えるべく全身を義体化。所謂『イケメン』に変身した」
「だが外面が変わっても、内面は早々変らん。いざ外に出ても、上手く人間関係を築けず現実に絶望。ヴァーチャルの中に逃げ込んだ」
「自分で作り上げた『妖精』とともに眠り続ける。永遠に。それがネットに流出したってところか」
「まぁ、そんなところだろうよ」
トグサはイシカワとバトーの会話を黙って聞いていた。
「でもさ。パソコンのデータが消去されていたのは何で?」
「醜い自分の過去を抹消するためだろう。『Fairy Tale』だけが残されていたのは、夢の世界を消したくなかったんだろうな」
「『自殺願望』のないアズマは気づけず、サイトーが引っかかった」
「やっぱり、それってサイトーが死にたがってるってことじゃないか」
「サイトーが俺たちよりも『死』を身近に感じてることは確かだろうな」
バトーの台詞は淡々としていて、トグサはますます不安に駆られた。
「どういうことだよ」
「あいつは狙撃手だからな。動いて生きてるターゲットをずっと偵察し続け、時が来たらそいつの脳殻撃ち抜き、死亡を確認する。人が生きて死ぬまでをずっと見つめ続けているんだぜ。並大抵の神経でできる仕事じゃねぇよ」
「あ…」
「逆に狙撃を外せば死ぬのは自分だ。索敵された狙撃手が生き残れる確率は極めて低い。万に一つの幸運を、あいつは使い切っちまってるからなぁ」
イシカワはヒゲを撫でながら、ニヤリと微笑んだ。
「何の話だよ」
「お前の知らない話」
バトーもまた、何やら意味ありげにニヤニヤと笑っている。
「何だよ。二人して気味が悪いな」
「サイトーのプライベートに関わる話だ。簡単に話していいことじゃねぇよ」
そう言われてしまえば、トグサとしてもこれ以上食い下がれない。
「安心しろよ。あいつは今回も生き延びた。そう簡単に死ぬような男じゃねぇよ」
「そうだろうけどさ………」
自分だけが話題についていけず、トグサは面白くなさそうに口の中でブツブツと呟いた。
「サイトーもさ、辛いことがあれば愚痴の一つも吐き出してくれればいいのに………」
「それをしないのがサイトーのサイトーたる所以だろ。あのポーカーフェイスはお前じゃ崩せねぇよ」
「それって俺が頼りないってこと?!」
「お前に限らず、誰にも必要以上の迷惑をかけたくないってことだろ」
「仲間だろ! 水臭いじゃないか!」
「俺らに言うなよ。サイトーに直接言え」
「言ったところで、聞きやしねぇだろうがな」
「もう!」
必要以上にプライベートには立ち入らない。それは暗黙の了解であり、相手への信頼の証でもある。
それでもトグサが怒るのは、それがトグサの性分だからだろう。
「怒るな。怒るな。無事だったんだから良しとしようや」
トグサの背中を軽く叩いて宥めすかしながら、バトーはトグサをダイブルームから連れ出した。
「『自殺願望』ねぇ…」
生と死は表裏一体。カードの表と裏。その両方を知り尽くした男。
「『死にたかった』んじゃなく、『生きている』実感を味わうために、一度『死んでみたかった』のか…」
イシカワは大きく溜め息をつくと、そばに置いてあったコーヒーの空き缶で煙草をもみ消した。
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