思っていた以上に雨脚は強く、最寄のセーフハウスにたどり着いた頃には全身びしょ濡れになっていた。
セキュリティを解除して中に入り、後ろ手にドアを閉める。鈍い音とともにその手が阻まれ、サイトーの身体を中に押し入れるように細身の身体が割り込んできた。
「パズ! テメェ、何でここにいやがる?!」
「お前のセーフの方が近そうだったから」
サイトーと同じく激しい雨の中を走ってきたらしく、全身びしょ濡れで、後ろに撫で付けている髪はほつれて、前髪から雫が滴っている。
「呼んだ覚えも誘ったつもりもねぇ」
「冷たいこと言うな。上がせろよ。濡れた服が気持ちワリィ」
パズは靴を脱ぎ捨てると、サイトーよりも先に中へ入っていく。
「勝手に上がるな! 女のところに行け!」
「今更、面倒だ」
「ふざけるな!」
パズの後を追いかけて部屋に入ると、パズは早速濡れた上服を脱ぎ始めていた。これでは追い返せない。
「…くそっ…!」
サイトーはクローゼットからバスタオルを二枚取り出し、一枚をパズに投げつけた。
「勝手にしろ。ただし酒も何もねぇぞ」
「あぁ」
パズは少々かび臭いタオルで濡れた頭を拭き始めた。
サイトーの言葉どおり、その部屋には殆ど何もなかった。
家具と呼べそうなものは革張りの小さな二人掛けのソファとローテーブルだけ。パソコンもテレビもない。扉の開かれたクローゼットの中も殆ど何も入っていない。だが間違いなく銃器が隠されているはずだ。
リビングの隣りのキッチンはとても狭く、料理なんてできそうもない。ぜいぜいお湯を沸かせる程度。他に部屋もなさそうで、緊急用に確保しただけの部屋だと分かった。
パズ同様に濡れたシャツを脱ぎ捨てたサイトーはソファの端に腰を下ろし、パズに背を向けたままタオルで頭を拭いていた。
布が擦れる音と雨音だけが聞こえてくる。
丸まった背中が完全にパズを拒絶している。それを分かっていても、否、分かっているからこそ、パズはサイトーの背中に手を伸ばした。
「止めろ」
パズの指が触れる直前に鋭い声が飛んだ。
「触るな」
気配だけで感じたのだろう。サイトーは振り向きもしない。パズは構わず義体化された左腕を取った。
「止めろって言ってんだろうが!」
乱暴に手を振り解かれる。だが、パズはもう一度同じ腕を掴んだ。
「触るな、阿呆!」
「サイトー」
「放せ、この馬鹿!」
「サイトー」
「いい加減に」
「サイトー!!!」
その一喝にサイトーの抵抗がピタリと止まった。
しかし、サイトーは相変わらずタオルを被ったままで、パズの方を見ようともしない。
頑ななその背中に口付けると、肩がぴくりと跳ねた。
「………人の身体見ていちいち盛るな。迷惑だ」
「そうじゃねぇだろう? サイトー」
「何が違う? ヤりたいだけだろうが」
「それは俺だけか?」
「俺はお前とは違う」
「あぁ、そうだな。吐き出しもせず抱え込む。お前の悪い癖だ」
「! 余計なお世話だ! すっきりしたけりゃ女のところに行け。俺に構うな」
「嫌だね」
「パズ!」
強い力で握られたまま腕を力任せに振り解く。その勢いでタオルが飛んだ。
サイトーの目の前に、一振りのナイフが立っていた。
「………ずりぃ………」
思わず声が漏れた。
「盛ってのはお互い様だろ。抱かせろよ、サイトー」
伸ばされた手が顎に触れ、首を伝って心臓の上で止まると、サイトーの身体をソファに軽く押し倒した。
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