始末書を提出して荒巻の部屋から出てきたサイトーを出迎えたのは、呆れたような表情の草薙と心配そうな顔のトグサだった。
「らしくないわね」
返す言葉もなく、サイトーは黙り込むしかない。
「でも、どうしたんだよ? サイトーが銃を暴発させるなんて」
「…ちょっとな」
言葉をはぐらかすサイトーの様子に何かを察したのか、トグサはそれ以上追求せず、サイトーの肩を軽く叩いてその場を立ち去った。
サイトーに右肩を撃ち抜かれたパズが病院に緊急搬送されたのは、昨夜遅くのことだった。
今日サイトーがつくはずだった任務は、バトーが代理として行っている。
「らしくないわね」
草薙はもう一度同じ台詞を口にした。
「酔っ払って銃を暴発させるなんて」
それがパズが搬送先の病院で語った『理由』だった。
もちろん嘘の証言だ。
しかし、被害者であるパズがそう言い切る以上、草薙や荒巻、その他の9課メンバーにも追求できることではなかった。
「しばらく謹慎してなさい」
「…はい」
草薙は踵を返すと、サイトーを振り返ることなく行ってしまった。
サイトーはエレベーターで地下まで降りると、車に乗り込み、本部があるビルを後にした。
今のサイトーの行く先は1つしかない。
パズが収容された病院は警察関係者しかおらず、見舞い客もその手の人間ばかりで、少々剣呑な雰囲気をかもし出している。
サイトーが発射した弾はパズの右肩を貫通したものの、パズに唯一残されていた生身の部分ではなく、簡単な義体換装のみで済んだ。しかし、ヒューマン・エラー因子除去のため、しばらくの入院が必要になる。
サイトーは病室のドアの前に立つと、右手を握って軽く上に上げた。しかし、ノックする手が動かない。
サイトーの後ろを看護婦が訝しげに通り過ぎていくが、それすらも気づけないでいる。
どんな顔をして入ればいいのか分からない。
いつも着けている『ポーカーフェイス』という表情がどんなだったか思い出せない。
サイトーは手を下ろして、踵を返した。
≪おい、サイトー。そのまま帰るつもりか? つれないじゃねぇか≫
電脳に響くパズの合成音声はいつもと調子が変わらない。
≪退屈してたんだ。相手してけよ≫
サイトーはドアに向き直ると、一気にドアをスライドさせた。
「よぉ」
ベッドの上に、右腕を三角巾で吊っているパズが座っている。
その膝の上には読みかけだったらしい雑誌が広げられていた。
ベッドの横に置かれた椅子に腰を下ろす。
「………調子はどうだ?」
迷った挙句出てきた台詞は当たり障りのないものだった。
「悪くない。煙草を吸うのに不便なくらいだ」
パズはニヒルな笑みを浮かべた。
「もう出歩いていいのか?」
「いいや。まだだ。後で煙草を吸いにこっそり連れ出してくれ」
「勘弁してくれ。これ以上謹慎期間が延びるのはごめんだ」
「………謹慎処分を食らったのか?」
ハッとしたようなパズの台詞に、サイトーは失言したことを悟った。
「…酔っ払った挙句に仲間を撃っちまったんだ。当然だろう」
「あぁ…」
パズが長い長い溜め息をつく。
「もっとマシな言い訳にすりゃあ良かったな。チンピラと喧嘩になったとか。そうすればお前に類が及ばなかったのに…」
「馬鹿言うな。撃ったのは俺だぞ。類が及ぶも何もねぇだろ」
サイトーはムッとしたように言った。
「第一、現場検証が入れば偽装なんてすぐにバレるだろうが」
「…まぁな…」
パズもサイトーも、赤服の能力や草薙の直観力を熟知している。決して誤魔化せる相手ではない。
「…悪かった…」
サイトーはポツリと呟いた。
威嚇射撃のつもりだった。
そんな言い訳は通用しない。それは重々分かっている。
何しろサイトーは、あの時本気でパズを殺すつもりだったのだから。
「? 何がだ?」
しかし、パズはサイトーの言葉にきょとんとした表情を見せる。
「何がって…お前を撃ったことだよ」
「別に謝ることじゃねぇだろ」
実にあっさりと言い放たれ、逆にサイトーはパニックに陥ってしまった。
「お前…! 電脳…」
「活性チェックは異常なしだ。ウイルスにも感染してねぇよ」
「昨夜のこと忘れたとか…」
≪お前と電脳ファックしたことを、俺が忘れるかよ≫
「な…っ?!」
「お前になら殺されてもいいと言ったのは俺だ」
「っ!」
パズの言葉にサイトーは絶句した。
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