「…で、これがその娼婦の名刺か?」
「あぁ」
 あの夜、戯れに買った売春婦の名刺のことは、ポケットに入れたまますっかり忘れてしまっていた。
 パズの手でシャツをはぎ取られ、洗濯機に放り込まれる直前にパズが気がついたのだ。
 それから話に花が咲き、サイトーとパズは互いに上半身裸のまま、洗濯機の前で話しこんでしまっている。
「いい女だったか?」
「さっきも言った通りだ。『悪くはない』」
「でも『良くもない』?」
「そうは言ってねぇ」
「そうか? 生身でドライオーガズムを体験しちまうと、ノーマル・セックスじゃ満足できないんじゃねぇか?」
「ドライオーガズム?」
「後ろでイくこと」
「…あぁ」
 聞きなれない言葉を聞き返すと、直入に返答され、サイトーは思わず顔を反らした。
 射精だけがイくことではないのだと知ったのは、パズと関係を持つようになってからだ。
 軍役が長いサイトーだが、男しかいない空間での性欲処理といえば、気の合った相手と抜き合うくらいで、ドライオーガズムを感じるようなセックスはしたことがなかった。
 対するパズはといえば、女との色事に長けてはいるが、男はサイトーが初めてだと言う。それの真偽のほどは、サイトーには確かめようもない。
 ただ、慣れた手つきでサイトーの身体を扱うことだけは確かなことだ。
「イく時ですらポーカーフェイスってことは、そんなに良くはなかったってことだろ?」
「ものすごく良かったかと聞かれれば答えは『ノー』だが、そんなにひどかったのかと言われれば『違う』と否定できる」
「可もなく不可もなく、か?」
「そうだな」
「金の無駄遣いだな」
 あまりにもきっぱりと言い捨てられ、サイトーは少しばかりムッとした。
「俺は目配せで女が釣れる誰かさんとは違う」
「僻むなよ」
「僻んでねぇ」
「じゃあ拗ねるな」
「拗ねてもねぇ」
「こんな無駄金使うくらいなら、俺を呼べばいい。俺ならお前を満足させてやれる」
「お前とのセックスは悪くはねぇが、良くもねぇ」
「あん?」
 サイトーの台詞はパズにとって心外なものだった。
 サイトーの身体を抱く時は、女を抱く時以上に気を遣っている自負がある。それを否定されたようで、パズは内心でムッとした。
「俺じゃ満足できないってのか?」
「そうじゃねぇ。逆だ」
「逆?」
「お前と寝ると翌日に響く。次の日が休みの日ならいいが、任務に支障が出るのが困るんだ。こっちは生身なんだから手加減しろよ…ったく」
 ブツブツと文句を零すサイトーを見つめ、パズは自分の思いが杞憂だったことを悟った。
「なるほど。良すぎて困るか」
「………………………」
 黙り込んでしまったところをみると、否定はしないようだ。
 パズは満足げに小さく笑うと、サイトーはじっとその顔を凝視した。
「………何だ?」
「いや………何でもねぇ」
 サイトーにしてはその答えは歯切れ悪く、ばつが悪そうに視線を反らす。
「何だよ? 気になるじゃねぇか」
「………いや。お前は女とは一度しか寝ないんだよな?」
「そうだな」
「だが俺とはもう何度も寝てる」
「あぁ」
「つまり、俺には満足してるってことか?」
「いいや」
 即断で否定され、サイトーは少しばかり傷つけられたような気がした。
 しかし、そこに続くパズの答えはサイトーの予想を遥かに上回るものだった。
「満たされるのはほんの一瞬だけだ。離れれば、また欲しくなる。何度お前を抱いても、足りることがない。いつも…お前に飢えてる」
「………どんな告白だよ」
 パズを直視できず、サイトーは背を向けて後ろ頭をガシガシと掻いた。
「安心しろ。愛の告白じゃねぇよ。お前のことを骨の髄までしゃぶり尽くさないと気が済まねぇって話だ」
「…このエゴイストが」
 サイトーは呆れたように溜息をついた。
 パズは名刺をごみ箱に捨て、後ろからサイトーの腰を抱き寄せると、その耳に囁きを吹き込んだ。
「お前がイく時の顔はなぁ、サイトー。イく直前まで眉間にシワを寄せて苦しそうなのに、イった途端にひどく気持ちよさそうに蕩けるんだ」
 その途端、サイトーの耳朶が赤く染まった。
「っ!!! 言わなくていい! 阿呆っ!」
「何なら有線して、俺の記憶を再生してやろうか?」
「いらん!」
 パズの腕を振りほどこうともがくが、義体出力が違うため、まったくビクともしない。
 そこで、サイトーはあることに気付き、はたと抵抗を止めた。
「………お前がイく時って、どんな顔してるのか見たことねぇな」
「お前は俺に抱かれてる間はずっと目をつぶったままだからな」
「パズ。お前…ちゃんとイってるよな?」
「あぁ。もちろん」
 お前の中は最高だからと付け加えると、余計なことは言わなくていいとサイトーが再び切れた。
「…見たいのか?」
 腕の中で暴れるサイトーを適当にあやしながら尋ねると、サイトーはこっくりと頷いた。
「どんな間抜け面してやがるのか拝んでみてぇ」
「あぁ。いいよ。…俺を先にイかせることができるならな」
 そう囁くと、パズはサイトーのベルトのバックルに手をかけた。



  



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